赤の国襲来



次の日、起きると猫かんの匂いはなくなっていた。




きっと俺たち、もしくは俺が寝ている間に出発をしたのだろう。彼女は病弱だと学校では言っているようだが俺は最近休んでばかりいる。思った以上にここでの生活は忙しい。俺は家事と練習だけだが彼女はたいてい何かしらの仕事をしている。




ベッドから体を起こすと隣のベッドでは久遠が寝息を立てながら眠っている。




整っている顔で眠っていると本当に人形のような印象を受ける。一見すると年下にも見えるが顔から下に目を向けると起伏にとんだ体が女性であることを表している。その顔と体のミスマッチが人形らしさをさらに助長している。




なんて気持ち悪いことを考えながら観察してしまう。




なんだか違和感を感じる。




じっくりと彼女のことを観察するが、変わったところは何もない。うすい服から透ける下着のことなんて気にならないとは言えないがそういう事ではない。






・・・魔力が、弱い






彼女から出ている魔力の匂いがあまりしないのだ。




その瞬間、ぞわりと、悪寒がした。




彼女の魔力がなくなっていることよりも、恐ろしい状況に体が身震いをしたのだ。背後に強力な魔法使いが立っている。




そして、直感としてわかる。






白の国のものではない、と








「女の子の寝込みを襲うなんて恐ろしいなぁ、君もそう思うだろう?」








真っ赤な長い髪を三つ編みにした、赤い瞳の少女。






「誰だ」




本能が逃げろと命令する。




勝てる相手ではない。だが俺の後ろには久遠がぐったりと眠っている。








大胆なスリットが入った赤いドレスを着た少女は、優雅に微笑む。他国のアジトに侵入してきているというのになんとも肝の据わったものだ。高いヒールを履いたままテーブルに体重をかけてから軽く足を組んで足をだす。




まるでただ雑談をしにきたかのような仕草。




しかしここにはいない猫かんが対話をしに行った相手がまさにこの赤の国の人物であることから友好的なものではないだろう。




「ぼくはきみに質問をしたのに質問で返してくるなんてとても自分勝手な人なんだね。けれど赤の国は燃える炎のように温かい人間性を持っているから頭が真っ白な白の国にも優しいんだよ」




ずいぶんな言われようだ。










「ぼくは赤の国の総長、東城らいな」










鮮やかなあかで染めた唇をぺろりとなめながら、彼女は名乗った。






「どうやって魔力をうばったんだ」




「質問に答えてあげたというのにまた質問返しなんだね。でも驚いたよ、魔力を奪ったってことに気が付けるなんて。どんな魔法なのかとても気になるよ」




「答えろよ」




のらりくらりと話を長引かせるのに腹が立つ。




「すぐに答えを求めることはよくないことだよ。別にいいけれどね。ちょっとの間魔力を借りただけだよ」




「魔力を借りる魔法なんてない」




魔法には種類があり、それ以外存在しないのだ。




しかし魔力を借りるなんてものは聞いたこともない。




「君知らないの?魔法の根源である東城家にそんな魔法の定義なんて当てはまるわけがないよね、本当に頭が悪い人たちと話していると頭が痛くなってくるね」




そういえば、うちの総長もオールラウンダーという極めて異色な魔法を所持していたことを思い出した。東城家は特別な存在であるためもって生まれたときにはそれぞれ違う魔法を手にしているといわれているのだが忘れていた。




魔力を吸い取る魔法という言うことなのだろう。




「にしてもラッキーだったよ。運よくあの猫娘がいない間だったしこの女も油断していたから結界も簡単に突破することが出来たよ」




ふと、思い出す。




昨日の猫かんとの会話を。






どうして猫かんがいない状態で、俺は久遠と二人で寝ているのだろう。






それならば、今は総長は一人ということになる。






背筋が凍るような思いになる。








気づかない間に俺は跳躍していた。鍛え抜かれた体で、一気に距離を詰めてから足を振り上げて躊躇なくその美しい顔面に蹴りを打ち込む。風が邪魔をするのではなく味方をするような、空気抵抗を感じさせない素早い跳躍は練習でも見せなかった最高の動き。






しかし。






「君は何者なのかな?ぼくに質問をしたのだから答える義務は当然あるよね」




「ぐ、ぁああああああああ!」




届かない。




それも何もなかったかのように淡々と会話を続けるが、背中にピンヒールを押し付けられてえぐれてしまいそうなくらい食い込む。




痣ができることは確実だが、やむを得ず回復魔法を使って回復していく。




「回復魔法なんてつまらない魔法を使うんだね。姉さんは本当にどうでもいい人材だけを欲しがって貧乏くじを引く性質だよ。あの人に猫かんなんて宝の持ち腐れだと思わないかい?まぁ猫かんも白の国に生まれた時点でぼくのものにならないことは決まっているのだけれど」




長い脚を俺の背中に載せるのにも飽きたのか俺の上に座る。




そのとたんに息が苦しくなりそうなほどの痛みはなくなったが細いゆえに尻の骨が食い込んできて痛むしそれ以上に屈辱的だ。




俺の答えなんて求めていないという様子だ。




「佐倉奏多だ」




「聞いたこともない名前だね。平凡な顔だし突出して魔力が高いようにも見えず努力をしたような風にも見えないから取るに足らない人物であることはわかるよ。同時に生きている必要がないということもわかったよ」




よくしゃべる人物だ。






「猫かんのことを助けなきゃいけないからな」




目が伏せられる。




「君みたいな人物に猫かんを助けることなんてできないと思うけれどね。彼女は君が想像している何倍も優秀な人物で、魔力に愛され魔力が離さないとんでもない化け物なんだよ」




「知っている」




だから触れられないのだ。




鼻をつまんでも匂いがすごい恐ろしい人物であるため、あの寂しがり屋のかまってちゃんを手放しで抱きしめることなんてとてもできないのだ。




「俺にしかできない役割があるから」




無言で言えと主張される。




でもこれ以上は言ったほうがいいのかわからない。恐らくこの人物は本当に赤の国の重要人物であるためこうして情報を明け渡してしまうことはプラスには思えない。




よく考えてみればまともにこうして他国の人と話すのも初めてなのにどうしてこんなことになっているのか。




迷っていると、先ほどピンヒールで踏まれた部分を押される。




「ぎゃああああああああ!?」




もだえていると面白くなさそうに冷たい瞳で見つめながら、彼女は言う。




「ぼくが知りたいといっているのに無視してくるんてひどいよね」




ただ無言で催促してきたのだから口に出して知りたいなんて言っていないだろうと反論したところで帰ってくる返事は痛みしかないだろう。




「マッサージをすることができる」




やむを得ず答える。




すると、彼女は美しい顔つきからは想像もつかないほど豪快に笑った。




「あっはっはっは!世界で一番強いといわれている猫かんにしてやれることがマッサージというのか君はさぁ。まあもちろんそれ以上に何ができるかといわれればそれくらいしかないだろうけれどね」




そこまで笑われるようなことをした覚えはないが、背中をバシバシと叩くのは傷口が痛むからやめてほしいものだ。






「ところで」






ぐい、と近づかれる。




鼻をつく匂いに耐えられず顔をそむける失礼な態度にもあまり気にしていないようで彼女はじっと俺の眼を覗き込む。






「君はどうしてぼくと平然に話せるんだろうね」






「どうしてって、別に他国の人だからっていっても話は通じるし」






その答えに、少女は微笑む。






「きみのことが気に入ったよ。一応殺さないであげるから言うことを聞いてくれないかな、ぼくだって使える人材は残しておきたいんだよ」




俺の背中から立ち上がったため俺の身体も自由になる。




久しぶりに立ち上がったため身体がぎしぎしと痛み、ピンヒールで踏まれてしまった背中の一部分がとても痛む。




言うことを聞くといっても俺のできる範囲なんてたかが知れているし、総長の居場所を教えろといわれてもどうしようもない。








少女は俺の手を握って、想像もしていなかった一言を告げる。






「ぼくを白国司令官のナルのところに連れていってくれないかな」










彼女の狙いは、総長ではなく、まだであってもいない司令官だった。

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