防御幹部、張間久遠

防御専門なんて嘘っぱちだ。




「ぐあぁっ!?」




気づけば床が目の前にあった。




近づいてなんていないのに、いつの間にか倒れていた。きっと触れられているはずなのにそれにもわからないくらいに圧倒的な違いがある。




こんな小さい少女に俺は全く歯が立たない。しかも彼女の防御を引き出すこともできないくらいボコボコにされていく。




「やる気、見えない」




どうして回復専門の俺がこんなことをしなければならないのかと思っている部分があるためだろう。適材適所というものがあって俺たちは戦闘系の練習なんてしたことがなかったのに、こうして戦闘訓練をしているのだ。せめて彼女のように防御専門であれば戦争のときに前衛を守ったりするときに直接参加することもあるため理解もできるのだが。




ふぅ、と息をつかれる。




でもしなければならないから、俺は立ち向かう。




足を踏み出して、使える魔法なんてものが存在しないからそのまま、蹴りを放つ。






彼女は、軽く俺の体を投げ飛ばした。






背中を強く打ちもだえる。






「休憩する」






疲れている様子は全くないが、彼女が疲れているからというわけではなく俺が傷だらけになったためにそう伝えられたのだ。案外優しそうに見えてスパルタ教育だった久遠はぶっ通しでこうして戦闘訓練を行ってくれいてる。




嬉しいことであるがさすがに数時間ぶっ通しは疲れる。




息を吐くたびに呼吸が苦しくなっていく感覚がある。動いている間は問題なかったがいざ止まってしまうとどっと疲れがきてしまう。




胸を上下させながら必死に息を吸う。






飲み物を飲もうと、水筒をとる。




「それなに」




水筒が透明であるため中身が分かりやすいことから見えている黄色い物体に興味を持ってくれたのだろう。ただはちみつとレモンを入れたちょっとした飲み物なのだが見たこともないのだろう。




「飲むか?」




そういうと、目を大きくさせて受け取ってくれた。




俺が飲んでいた口から躊躇なく飲んでくれる。




「佐倉くん、久遠もこれがいい」




「お前俺のことお手伝いさんくらいにしか思っていなくないか」




おいしかったようでにこにこと笑ってくれているが、家事しかしておらず今では当たり前のようにかつ丼が食べたいとかリクエストをくれる。他の人は幹部として扱ってくれているが一番この子が幹部とは思っていない様子だ。




今では戦闘訓練を手伝ってくれているが戦闘用の服に着替えもせずに適当にあしらわれている。




伝えていても首を傾げられる。




「何の幹部なの」




「え」




「くるみさんは総長、ナルさんは司令官、猫かんさんは戦闘、久遠は防御。あなたは?」




大きなまんまるとした目が俺を映す。




本心から、全く嫌みのない感情が俺の心を刺す。わかってはいるのだが面と向かって言われるとかなり心に来るものがある。




回復とはいってもそこまで強い魔力ではないため幹部と言えるほどのものでもない。




「久遠に魔法を使わせられないと認められない」




否定をしないということは、お手伝いさんに思われているという考えはあっていたということなのだろう。




回復魔法しか持っていないのに。








その後。




「ぐ、あああ!」




自分の体重を利用して思い切り体当たりをしたのに、その力を利用してそのまままた床に倒される。彼女は普段着のままである。




身体は段々傷だらけになって顔までも傷ついてしまった。




それくらいこちらはボロボロになっているのに、向こうは全く傷一つついていない。こちらの傷ついた身体は自分で治すことはなんとなく好きではない。自分の身体で自分のことを治していくことはなんだか変な気分になってしまう。




「策がない」




そういってはちみつレモン水を飲んでいる久遠。




すたすたと歩いていくところを後で追おうとするもちらりと振り返られる。これはきっと来るなという意味なのだろう。




「お風呂」




俺と久遠はずっと一緒にいなければならない状態であるため基本的に行動は一緒にしている。しかし、入浴にはさすがに別々で入ることになっている。総長レベルになると一緒に幹部と入っているらしいが幹部は少しくらい目を離してもいいだろうということらしい。




それでも近くにいるべきらしいため脱衣所の前にいる。








ツン、と鼻をつんざく匂い。




久遠もかなり匂いが強い人なのだが、それ以上というよりも規定外の濃さの匂いが近づいてくる。そういえばこうして近くに来て話すことは久しぶりだ。学校には通っているが噂が立たないように別々に登校している。




そうはいっても不自然なくらいにすれ違っている。




「佐倉先輩」




ぶんぶんとしっぽを振って駆け寄ってくれるのだが、匂いが強すぎてちょっと近寄ることが難しい。治療したばかりだから魔力栓もできておらず調子は絶好調なようだ。




「久しぶりです。聞いてください、総長ってばひどいんですよ」




「どういうことだ?」




「佐倉先輩がどこにいるのかわからないのに完璧に私と接触を避けてくるんですよ。やっぱり総長は意地悪をしてくるんです」




顔を膨らませているところが可愛らしい。




あざとすぎる。




「っていうかその傷どうしたんですか」




俺の顔の傷や体の傷に驚いている。総長のことが苦手なはずなのに俺のせいで一緒にいなければならないということに何も言っていないところが優しいのだろう。




俺の腕を手に取って目を丸くしている。




「ちょっと戦闘訓練をしていたらボコボコにされてさ」




「気を付けてくださいね。私が戦争がない世界にしますから」




「君ってすごいかっこいいな」




あまりにも頼もしい言葉に甘えたくなるが、もしもこの子が戦争がない世界になったとしたら何をするのだろうか。




魔法に愛された少女は魔法と一緒でなければ生きていけない。




魔力に恵まれている人は穴を埋めるようにそれ以外がうまく働いていないことが多い。魔法がなければ生きていけないように世界が出来ているようだ。




「でも本当に心配です。明日からちょっと赤の国に行かなくちゃいけないんです」




野暮用で、とでもいうかのような口調だ。




「何しに行くんだ?」




「あまり詳しいことは言えないんですけど、赤の国にはちょっとした因縁みたいなものがありまして。だからお願いしに行くんです」




「ネコが言うとかわいいお願いに聞こえないな」




「私だって女の子なんですよ」




そういうと、立ち上がる。




彼女はいつも臍が出ている短いシャツとズボンを着ておりあくまで戦闘に備えた格好だ。最初は露出にどきどきしていたが今では慣れたものだ。




うっすらと割れている腹筋にみとれてしまいそうになる。






「さすがに他国にいたら私は助けにいけません。まぁ、久遠さんがいるので大丈夫だとは思いますけれど私がいないので総長を守るために久遠さんは総長につくと思います」




「じゃあ三人で行動することになるのか」




そういうと気まずそうな顔をして目をそらされる。




「まだ佐倉先輩は幹部の中でも信頼度がかなり低いです。具体的に言うと恐らく一番信頼度が高いナルさんと比べると1と10くらい変わってきます」




「グサッときた!」




そりゃあきたばっかの男なんて信頼関係なんてものは存在しないだろうけれどこうもはっきりと言われてしまうとこたえるものがある。




つまりは総長と俺は一緒に行動するほど信頼関係がないから俺はとりあえず放置という形になるということだろう。トイレですら起こしてから行かなければならず自由がないから一人になりたいときもあったがこうして放置という形で一人になってもむなしいだけだ。




そういえば。




「あれからナルさんとは会ってもいないし匂いもしないんだが出かけているのか?」




「ああ・・・そのことに関しては私も言うことが出来ないんです。ごめんなさい」




ナルさんの話はされたこともあるが、久遠からもこうして言うことが出来ないと断られたのだ。マニュアルでもあるのだろうか。




総長とも司令官とも会わせてもらえないなんて信用がなさすぎるだろう。




でも俺が呼ばれたのはあくまでこの子のマッサージ係としてである。別に会って大事な話をするわけでもないのだから当然だ。




「ネコが話を取り付けるのか?」




気を取り直して聞いてみる。




「まさか。私は頭がないのでナルさんに電話をつないで話してもらうんですよ」




困ったような表情をして微笑む少女。謙遜という様子ではなく本当に自分では話すことが出来ないのだろう。普通の人からしてみれば国の話をするのにこんな小さな少女が話せるほうがおかしなことなのにこうして責任を感じているのだろう。




頭なんてなくても誇れるものがすでにあるのに。




「そろそろ怒られちゃうのでもう行きますね。ナルさんのこと、よろしくお願いします」




ぺこりとお辞儀をされる。




お願いするも何も会ってもいない人物なのにどうよろしくするのだろうか。そんな無粋なことは言うつもりもないため頷いておく。






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