佐倉奏多の勧誘

ナルさんの部屋。




私は佐倉奏多先輩と出会ったこと、魔力の香りを嗅ぐことが出来るという能力を持っていること、魔力栓の治療をしてもらったことなど様々なことをそのまま話した。




なんとも信じがたい話だが真剣に聞いてくれている。フードを深くかぶっているため詳しく見ることはできないが、おそらく。




「よかったな、猫かん」




頭に優しく手を置かれる。




「でも魔力栓を押して治療してもらうというのは、魔力に直接関与されているということやろ。もしも何か起こった場合取り返しのつかんことになるかもしれん」




「そうですよね」




考えてみなかったことではない。間違って魔力が使えなくなってしまいましたなんてことがあったらうっかりでは済まない問題である。しかし、それを顧みても魔力栓の治療というのはあまりにも効果が大きすぎることだ。




それがわかっているようでナルさんは顎に手を当てて考え始める。




パソコンを見つめているが、そこに書かれているのは佐倉奏多のデータだ。そこには生年月日や身長体重や魔法などの個人情報の塊と呼ばれるにふさわしいほどの量の情報が書かれている。




「特に突出したデータもないし他国とのつながりがある人物やないな。とりあえず安心できる人物ではあるかもしれんし問題はないかもな」




そう言うが、それにしては考える時間が長かった。




何か思うところでもあるのだろうか。きいたとしても答えてはくれないだろうから、口を閉ざしてナルさんの言葉を待つ。




「この子を、幹部にするのはどうや?」




「い、いいんですか!?」




思ってもみない話だった。




幹部になればずっとそばにいることが出来るため魔力栓の治療をすぐにしてもらうことが出来る。それに個人的な感情としては、総長に特別な感情を持っていない人が入ってくれることで自分のほうが大事にしてもらう人がいるのではないかと期待してしまう。




なんだか彼には特別なものを感じる。




しかし、私たちが長い間四人でやってきたように幹部は本当に信頼できて実力のある人物がなるものであるため彼をすぐに加入されるのは危険だと考えていた。それにナルさんは慎重なところもあるため急にこうして話が進んでいくことは驚きだった。




「もちろんオレが決められるわけやないから、直接聞いてみるわ」




思っていたよりも積極的になってくれている。




司令官であっても、大きな決定をするには総長の許可が必要だ。そのためいくらナルさんがいいといっても総長がだめだといえばだめになるのだ。




でも、大きな進歩だ。












「どう思う、くるみ」




総長こと東城くるみとナルが二人で話す。




久遠は外で待機をしてもらうように指示をしているため、本当に二人きりで話す大事な話のときの状態である。護衛の関係上、少しくらいの話であれば久遠も口を挟まないように言ってはいるが一緒に参加をしている。




戦闘がとびぬけている猫かんのほうが、護衛専門ではなくても安定した力をつけることが出来るだろう。しかしそれでも猫かんは若すぎる。そして普通の生活を送ったことがないためあまりにも世間知らずで話していても通じないことが多い。




「どうして、出会っちゃうのかな」




「いい機会なんじゃないんか」




「いい機会?どうして私がこんな状態になっているのかわかっていないの?絶対に猫かんにこの男を会わせないで」




普段はゆったりとした口調で話す総長がにらみながら強い口調で話す。総長にこんな風に凄まれると卒倒してしまいそうなくらいだがナルはあまり気にしている様子が全くなくただパソコンを弄って佐倉奏多のデータに目を通していく。




はいはいと面倒くさそうに返事をされたことに不満そうに総長はため息をつく。




「もう誰も傷つけたくないの。わかって」




厳しい口調。




「分かっとるわ。でもこのままだったら猫かんはひとりぼっちになってまうし久遠は一人で引きこもってまう」




「猫族はもともと群れない種族だし私たちがそばにいるんだから問題ない。優しくしすぎて身を滅ぼすことになってはいけない。久遠はそばに置いておいても問題がないから一人にさせていないよね?」




「そういう話やないってあんたも気づいとるやろ」




猫かんは総長の馴れ合おうとしない姿勢から寂しさを感じていて、唯一の心の拠り所であるナルですらも総長側の人間であることに不満を持っていることに気付かないはずがない。猫かんは取り繕うことが苦手なのだ。




それでも総長は、放っている。




いや、どうすればいいのかわからないのであろう。






「この話はどうしたらいいかわからないし・・・久しぶりに顔、見せて」




するりと、フードを外す。




誰にも見せない素顔を総長には見せる。








歪んで歪んで、ねじれてしまった関係。




この関係が重なることがあるのだろうか。










「最近あいつ会いに来ないな」




一人教室でつぶやく。




あの日からぱたりと猫かんが会いに来ることがなくなり、はじめのうちは友人についに振られたのかと言われていたが段々本当に別れたのではないかと思われているようだ。付き合ってもいないのだが何度言ってもわかってくれる気配がない。




別に元気になったのならいいのだが、どう考えても正常な状態ではない。魔力が弱くなっているわけではなくむしろ魔力が強くなりすぎていて危険な状態ではないのだろうか。俺が治療をしていなかった頃までよりもかなり魔力がきつくなっており、今違う棟で授業を受けているだろう猫かんの匂いを感じられるためさすがにおかしい。




それに魔力が揺れるように増減しているときがあるが、これは経験上痛みかストレスがあることによって精神的に揺れているときに起こるものだ。魔力と心は直結している。




何か悩みがあるのか、あるいは・・・




「なんて、俺にはどうしようもないけどな」




自嘲する。




彼女と俺は住んでいる世界が違う。俺が治療をすることに不信感を抱いたのかもしれないし他に方法が見つかってそれをこれから行うのかもしれない。






休憩時間になっても、それは変わらないままだった。






「来ちまったけれどどうするつもりなんだ俺は」




気にする必要がないなんて思っていたがなぜか一年生の教室まで足を運んでしまっていた。じろじろと俺のことを見る視線が苦しい。二年生の教室と一年生の教室は棟が違うため通りかかることがないからお互いの教室に来るのはかなり目立つ。




しかしこうして教室の前にいるだけだと余計に怪しく見えるだろう。




適当に一年生に声でもかけるか。




そう思うがなかなか話しかけることが出来ない。猫かん以外に後輩の友人なんていないし知らない子に対して話しかけられるくらいコミュニケーション能力が高いわけでもない。




うだうだしていると、嗅ぎなれた匂いが後ろの教室から強くなるのを感じて振り返る。




「こんにちは、佐倉先輩」




俺が振り返ったときに、魔力が揺れた気がする。




気のせいだろうか。




いつもの可愛らしい笑顔を浮かべているが、少しだけ体調が悪そうだ。それにこんかい魔力がたまっているのは・・・




「佐倉先輩、恥ずかしいです」




胸元を隠されて、はっとする。




猫かんの周りにいる少女や教室にいる男子がとんでもなく恐ろしい表情でにらみつけてくる。どれだけ慕われているのだろうか。魔力栓が出来ている部分が胸の付け根くらいのところだったため見てしまっただけなのだがこれでは知らない先輩が急に教室に来て人気の女子の胸を凝視した変態だ。




慌てて目をそらす。




「いつもの場所行きませんか?」




「分かった」




視線を感じながらも俺と猫かんは空き教室に共に向かった。






二人でこうして話すのはいつぶりだろうか。




「私臭いですよね、すみません」




こうして自分が臭いだろうと女の子に正面向かって謝罪される男は決して多くはないだろう。本人の匂いの話ではなく魔力の話だろうが。




「大丈夫なのか」




率直に聞くと猫かんは椅子に座った。




先ほどまでは普通にしていたがこうして二人きりになると安心したのかゆったりと歩いて倒れこむように座り込んだのだ。




「大丈夫ではないですね。もうバレていると思いますけれど結構やばい状態です」




そうだろうな。




俺が治療しなくなってから魔力栓が出来ていたのは右腕だったはずなのに胸元まで移動している。魔力は体の中心から出ていると考えられているため、このままだと猫かんからの魔力の発現に影響が出てしまいそうだ。




それに顔色が良くない。




取り繕っているつもりなのだろうがあまり上手ではない。こんな少しの間だけしか話したことがない俺ですらわかるのだから周りの人にもずいぶん心配したのだろう。優しい子だからきっと大丈夫だといって辛いということも訴えることもなかったのだ。




「治療するか?」




それが目的なのだろうと、いつものように軽い口調で言う。




しかし、猫かんは首を振る。




そういえば治療をするときはいつも帽子を外してからしっぽを出すのに彼女は帽子をとらないまま座っている。恐らく信用しているという証拠に外していたのだろうが、わかりやすい人だ。




「あなたに会ってはいけないといわれました」




「それ本人に言うのかよ」




「わからないんです。どうしてあなたに治療してもらってはいけないのか」




「聞いてくれよ」




でも確かに妙だ。




何か危害があったわけでもなく、治療して元気になっていたためいい兆候のように見えるが治療してはいけないどころか会ってもいるのだ。




「大事な人に言われたのか」




「あの人は・・・その、もっと治療できる環境に入れてもいい的なことを言っていました」




ずいぶんアバウトだな。




言いにくそうに狼狽えていたが、治療できる環境なんて病院にでも一緒に入ればいいとでも言っていたのだろうか。もしかするとアジトに招待されそうになっていたのだろうか、なんてあるはずのないことを考えてしまう。




「でも、総長がだめだといいました」




最高権力者の総長がNOと言えば、もちろんそれはダメなのだ。大事な人がどの立場なのかわからないが逆らえないのだろう。




「じゃあ俺とこうして一緒にいるのはまずいんじゃないのか」




「私総長が苦手なんです。はっきり言って嫌いです」




「おぉ・・・思い切ったな」




こんなにオープンに文句が言えるのはそれを口にしてもいいくらいに貢献度が高い人物ゆえなのだろう。そうでなければそんなこと言うこともできないだろう。




国のトップもかなり複雑な人間関係が構築されているようだ。一緒に暮らしていればそういうこともあるだろうけれど知る機会があるとは思ってもみなかった。




世界最強少女でも嫌いだから命令を聞かないなんてことするんだな。




「なぜか私は嘘が見破られるので治療を受けることはできません。ですがこのままでは私は戦えなくなってしまうのではないかと怖くなっているんです」




「その可能性が高いな」




自分で理解しているようで頷く。




「そろそろ戦争が起きる予感がしています。連絡先を交換して、戦っている途中に私が危険な状態になれば連絡をするので来てくれませんか」




俺は回復魔法だから遠方で救助者に少し回復作業を施すだけの簡単な仕事しかしない。そのため携帯を忍ばせておいても戦闘には加わらないはずだから壊れる心配もなく救助状態を把握するために確認することもあるため触っていても不自然ではなく問題はないだろう。




連絡先を交換する。




連絡先に女子の名前が書かれることがあるなんて想像もしていなかったため少し感慨深いものを感じるがゴリゴリに業務用と書かれたスマホが出された瞬間甘ったるい関係ではないのだといわれたような感覚になる。






「助けに来てくださいね。信じています」






世界最強にこんな頼みをされるなんてな。










この会話をした数日後、白の国は黄の国に攻められた。














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