黄色の国との闘い

戦争といっても戦闘系でない俺たち後方にいるものたちにとってはあまり授業中での訓練と変わりはない。唯一違うのは本物のけがであることだがそんなに重傷者が出ているわけでもないため落ち着いているように見える。




これだけ俺たちが落ち着いていられているのは、一人の少女の存在のおかげだろう。




かなり遠くにいるのだろうか匂いを感じることがない。




「猫かんがいるんだから俺たちが負けるわけないよな」




「黄の国も早いこと負けてくれればいいのにな。勝てるわけないんだからさ」




そういいながらも軽い傷で治療をしてもらっている人たちがたくさんいる。正直言って治療をしなければならない状態では到底ないのにここにいるということはわざと負けて怪我をして休憩したいと考えている人たちである。




国民が落ち着いているのはいいことだがなんだか嫌な感じがする。




俺がどうにかすることもできないし、かといって俺も貢献しているわけでもなく携帯を触っている時点で救いようもないのだろう。




今の現状を伝えようと連絡アプリを開くが何も来ていない。うまくいっているといいのだが。




「そこの人、ちょっと治療してもらえないか」




声をかけられたため、慌てて携帯をポケットに突っ込む。




わざわざサボっている俺に声をかけるのだろうかと疑問に感じたが、答えはすぐに分かった。いつの間にか救護室にはかなりの人が集まっていた。そして救護班の人は手がいっぱいになっており忙しそうな状態になっている。




この人も腕をひどく怪我している。




「どんな状況ですか」




腕に手をかざしながら、回復魔法を出す。これくらいのけがなら治すことはできるがこれ以上であればもっと高度な魔法使いに治してもらわなければならないかもしれない。




すると、男は戦いに出ているためか偉そうにもう片方のひじを机について鼻を鳴らす。




魔力の流れ止めてやろうか。




「お前らは知らないだろうがな、最初は俺たちが押していたのに前線の奴らが調子崩しやがって後退し始めたんだよ」




「前線が・・・?」




「前線にはあの猫かんがいるんだぜ?だから俺たちは戦う必要もなかったのに急に戦う羽目になったんだよ。しっかりやれよな」




黄の国が攻めてきているからと言ってうちの国にはあまり影響がなかったしメディアも危険をあおるというよりもどうして攻められるような状態が作られたのか、というよりも総長がどうして魔力を失ったのかという長年さんざん繰り広げられた話だけだった。




この男は、猫かんが高校一年生の女の子だということを知らないのだろうか。




あの子がどんな思いで戦っているのか。俺も知らないのに、無性に腹が立つ。




すると、嗅ぎなれた魔力の匂いがした。魔力にもそれぞれの匂いがするのだが、彼女の匂いは・・・そうだな、トロピカルというのだろうか、夏にできる果物の匂いがする。氷の魔法を使う彼女への表現には適していないかもしれないがそういう感じなのだ。お日様の香りなんて言うには、少しだけ影があるような、何かを求めている匂い。




「前線ってどこまで撤退している状態なんですか」




そういうと、俺が戦況に不安を感じていると思ったのか男はにやにやと気色悪い笑顔を浮かばせながら顎を少し上げる。




「大丈夫だよ、ここからは遠いところだから心配はいらねぇ。恐らく今の最前線は公園があるところだからな。はは」




「ぇ・・・?」




そう笑っている声が遠くなるのを感じた。




公園があるところと言えば確かにかなり遠い。それくらいの距離であれば俺たちに危険が及ぶことはなかなかないだろう。




しかし、問題はそこではない。






遠すぎるのだ。






猫かんの魔力はとんでもないがそれでも学校の敷地内にいればかげるくらいのはずだ。それなのにここからかげるということは、いつもの何倍も魔力が膨れ上がっていることになる。






おかしい






強くなっているのはいいことだ。しかし魔力は普通何倍にもなったりはしない。俺はおそらく流れていく魔力が身体を一周すると出ていくと考えているが、その流れが止まってしまえば魔力は出ないしその分痛みが増していく。それが猫かんのように強大な力を持っている少女であれば出ていく量が少ないのに作っている魔力が多すぎて負担は大きくなる。






それに、魔力が揺れている。




確実に何かあった。




「ネコ・・・」




立ち上がろうとすると段々と救護者が入ってきて、俺はその回復のための治療につかなければならないことになった。今にも駆け出したい気分だったが当初の軽いけがではなく、大けがをしている人ばかりで席を外すわけにはいかなかった。












~前日~




身体が痛い。




少し前までは腕だったはずなのに胸が痛くなってきた。どう考えてもおかしい状態だけれど誰にも頼ることが出来ない。




魔力栓の痛みについてナルさんに相談することはできるが、相談しにくい部分がある。




アジトの自室でベッドに寝転がっている。




寝転がっている状態であるためまだましだが、動きたくなくなるほど強烈な痛みにシーツをつかみ痛みを耐える。




強くなければならないのに、どうして、こんなに弱いのだろう。




スマホで連絡アプリで、最近知り合った先輩の連絡先を確認する。他の幹部の人たちしか知らない緊急連絡先の情報を教えてしまった。プライベート用のスマホはあまり見ることがないため、思わず業務用のスマホを出してしまった。






文字を打ち込もうとして、やめる。




なんども、なんどもメッセージの打ち直しをするがいい文章が思い浮かばない。




「助けてほしい、なんて一般人に言えないよね」






私は最強でなければならない。






誰にも頼ってはいけないのに。










『猫かん、体調はどうだ』




インカムからナルさんの声が聞こえてくる。




現場に到着してから確認しても遅いのに、ずるい人だ。当たり前だろう、私が体調が悪いといってしまえば戦力がガタ落ちする。




私でも最前線で戦ってきたのだから状況くらい把握している。




「大丈夫です」




心配をかけたくない。




本当は魔力栓のことだって相談したくなかった。でも最近魔力が落ちてきているため、ごまかすことが出来なくなり言う事しかできず挙句の果てには倒れることもあったからそれを考えられているのだろう。




私は嘘をつくのがうまくない。




だからナルさんにはきっと私の状態はばれているだろう。健康状態は私の手首についているブレスレットで管理されている。だからナルさんは気づく。




こんな機械に不調が気付かれる前に嘘がばれることを望んで、下手な嘘を本能的についているのかもしれない。






『早めに終わらすで』




「はい」






まずい、まずい




最初のほうはおしていた。




私が最前線についていて他の人には手を出さないように伝えていた。他の人が出した魔法が悪影響を出してしまうかもしれないし、何より最前線で魔法を繰り出すということは危険が伴う。もしも、攻撃されていない人間と自分に攻撃した人間が目の前にいれば人は後者に攻撃をするだろう。




だから私だけが戦っていたのに。




魔力を使えば使うほど、胸の痛みが強くなっていく。




ずきずき、ずきずき




苦しくて息もできなくなってくる。




誰か、助けて。








そういう思いで手を伸ばしても、私の目の前には誰もいない。ああ、やはり私は・・・一人なのだとこんな時まで実感させられた。






インカムの向こうで私を必死に呼ぶ声が聞こえた。








『なにしとんや、受け身じゃなくて近くで戦う前衛タイプはもっと前に立て!』






その指示がぼんやりと聞こえてくるくらいに回復したときには、私はかなり後方で救護を受けていた。救護といっても魔力栓の治療をできる人は私が知っている限りは彼だけだ。痛みを鎮静化する魔法を使ってくれたのだろう。




ナルさんはわかっていない。




私のことを何も理解することが出来ないだろうと考えているようだが、私だって最前線でずっと一人で戦ってきているのだ。




私は、最強だ。




単純な戦力であるし、存在しているだけで国民の心のよりどころになる。








国の方針に文句を言うつもりはないしナルさんが行っている指令は絶対である。そのため気付いてくれると思っていたのだが、やはり現場の声は聞こえないものだ。








絶対的な最強だった猫かんの弱体化。






同様の強さを持ちつつ総長の一大一家の長男であった莫大な権力をもった総長の大幅な弱体化。






長い間戦っていなかった国民の戦闘の質の低下。








そして、私への過信。








全部全部私は気づいていた。






責任は全部私の中にある。






唇をかみしめる。








「お前が目指す平和ってなんだ」






ああ、きっと、私が一番聞きたかった声が聞こえてくる。




助けてほしいなんて言っていないのに、わかりやすい嘘をついてまできづいてもらおうとしてもいないのにどうしてこの人はここにいるのだろう。




なんでもないような顔をして。




誰にも聞かれなかった、私の言葉を、聞くのだ。






「他の人が戦争や政治の心配なんてしなくてもいいくらいの世界です」




「難しいことだぞ」




「そのために私が最強でいるんです」




「お前はどうしたいんだ」




「強くなりたいです」




そう、真っ直ぐと伝える。




そういっていれば総長も幹部も喜んでくれるし国民も安心してくれると分かっているからそう伝えてしまうのだ。




この人はわかってくれる。




でも所詮は国民の一人でしかない。






「お前が一人で最強を背負わなくてもいいように、俺も一緒に背負ってやる」




「どうやって背負うんですか。あなたは少し特別なだけの一般人です」






「俺はお前みたいにすごい魔力も何にも持っていない。けれどお前が感じている痛みも不安も悲しみも喜びも俺が先に感じてやるし、どこにいるのかもすぐにわかってやる」






他の人からすると大げさなことを言っていると笑われることかもしれない。




でも、私にとっては理解してもらえることが世界最強になることなんて比にならないくらい何よりもうれしいことなのだ。世界最強の名自体に興味はないのだからあまり比較対象にならないかもしれないけれど、と訂正しておく。






「嘘ついててもすぐにわかるんだよ、馬鹿野郎!」




「なっ」




「一緒に背負って、自分がどうしたいかを聞かれて、お嫁さんになりたいとか言えるような普通の女の子にしてやる」




「へ・・・?」




「うまく言えないんだけど、そんな感じだ」




どうしてそんな恥ずかしいセリフが出てくるのだろうか。




私は、零れ落ちてくるものが頬を大量に流れてくるのを感じた。あったかくて、優しいものだった。彼はそれに驚くこともなく、微笑んだ。




どれだけの間苦しんできたかわからないだろうと私は彼に最初に治療してもらったときに伝えた。でも、あの時点で彼はわかっていたのだろう。




全て、わかっているのだ。




「お前はかまってちゃんなんだからな」




世界最強に対してこんな風に言ってくる人がいるなんて想像もしていなかった。




「う、ぅ・・・」




「でも、ごめんな。今の俺には治療をすることしかできないんだ。治療してもいいのか聞いてくれないか」




インカムに対して話しかけている。




『緊急事態やからしゃあない、頼み』




全部聞こえていたはずなのにナルさんは止めなかった。






私は、胸元をはだけさせて彼に治療をしてもらった。




あんなに痛かったはずなのに、なぜか暖かくて、幸せだった。














オレは、ふぅと息をつく。




「猫かんちゃんに、治療受けさせたの」




「非常事態やからな。なんか文句でもあるんか」




絶対に言われるだろうと踏んでいたが対して総長は、首を振った。しかしその顔はあまり歓迎していないことを丸出しだった。




毎回貧乏くじを引かされる。




でもこうして猫かんの理解者ができるのはいいことだと思うのだ。




「これからちゃんと二人のことを管理して。深くつけこみすぎないように」




「わかっとる」




「このままじゃ、猫かんは彼に深い依存状態になってしまう」




オレは二人のことをパソコンで見つめる。猫かんが彼を見る目が変化していっているのがわかる。それに彼が猫かんを見る目も。






「もしかしたら、手遅れかもしれんけどな」






「君が理解者になってあげればよかったのに。こうなることがわかってて見逃していたでしょ」




「嫌味か?オレじゃあいつの理解者どころか、薄っぺらいところしか分かってやれない。久遠じゃ仲良くもなれていないし、お前でもよかったやろ」




「試そうとはしたけれど、私はあの子の何もかもを奪ってしまっているから。わかったような口をきいたとしても皮肉にしか聞こえない」




「佐倉奏多しかおらへんかったんや。大丈夫、ちゃんと気を付けていれば以前のようなことにはならへん」






総長の腰を優しく引き寄せる。




それにしたがって、ナルによりかかり力なく背中に手を回した。










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