最期の一葉 拾壹

 錦府にのぼって間もない頃、鴫村は衝天閣を訪れたことがあった。緒都の兄にして幾衛の弟である秋穂の案内で市内を回った時のことだ。その時は延々と階段を歩いた覚えがある。頂上からは遠くの山々が見えて――さすがに故郷までは望めなかったが――爽快な心地を覚えたものの、すぐ下に目をやれば地面があまりに遠く、脚がむずがゆいような冷たいような気がしたのだった。


 今は一人、十四階の展望台に立っている。沖浪の刀は下足番の預かるところとなったが、まさか市中で銃を担ぐ者がいるとは思い至らなかったのか、ツネは今も布にくるまれて鴫村の腕の中にある。とはいえ、地上に現れた売り子を狙い撃とうとは考えていなかった。


 十三階から十五階にかけては、螺旋階段が部屋の周りではなく中心に設けられている。思い出したようにその階段を振り向くほかは、脚のむずがゆさをこらえて地上を注視して過ごした。客が時々やってきては展望台を一周し、最上階へ行くか、満足するか飽きるかして下へ戻っていく。展望台の四囲には身投げを防ぐための金網がめぐらされていたが、古びるままにところどころ破れていた。それが時折、風にすすり泣くような音を鳴らす。


 小野原が鴫村に向けて手を振ったのは、張り込みを始めて一刻か一刻半は経ったように思った時だった。地上からこの十四階へは短ければ数分で着くのを思い出し、鴫村はおろおろと階段を見やった。そして小野原に了解の合図を返して部屋の中に戻った。幸い今この階には、鴫村をおいては見張りの係しかいない。何か起きたとしても、この一人きりであれば巻き添えにするのを防げる気がした。


 鴫村は階段の出口に立ち、先ほど見下ろした売り子の姿を思い出した――思い出すことができた。水島で見た時は見失ったそばから忘れてしまったというのに今は違った。速い脈を感じながら、日に焼けたように痛む目をギュッと閉じて開いた。と、階下からどたどたと足音が響いてくる。一つではない。売り子と緒都や沖浪だろうと思った。鴫村は再び落ち着かぬ視線を部屋にさまよわせ、ツネを近くの物陰に置いた。置いた途端、視界の隅の階段から鳥打ちをかぶった頭がのぞいた。

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