最期の一葉 捌
在森と河尻は塔の入口、露台の陰に立っていた。印半纏を着た下足番が所在なくたたずむ、その背中に遠慮しながら在森が小声で言った。
「人の動きが落ち着いていますね」
「や、そうですね。もう少しすればちょっとは増えるでしょうが……」
河尻がやはりひそめた声で応じる。
「できてしばらくはとんでもないにぎわいだったらしいんですがね。小野原さんも小さな頃に来たそうですが、その時はエレベーターが壊れて取っ払われてたせいで、てっぺんまで階段で行くしかなかったとか」
「十五階を階段でですか。それは一苦労ですね」
「自分じゃのぼりきれずに、途中で親におぶってもらったそうですよ。大人の足でも二十分は軽くかかるって話ですからね」
「それがエレベーターだと、十二階まで三分ですか」
「そうです。とんでもない速さですよ」
男の二人組が切符を手に入口に近づいてきた。一人は少しは垢抜けた洋服、いま一人は田舎者がどうにかこうにか取り繕ったような装いである。下足番に履き物と刀を渡し、
「これも小野原さんからの受け売りですが、あんな風に田舎から出てきた人を連れてくるにはいいところだそうです。見晴らしもいいし、周りはまあ――なんというかにぎやかだし、錦府に来たらひとまずって評判は消えないみたいですね。あとは薮入りの日に小僧が来るって話ですが、それも前よりか減ってるそうですよ。それに身投げもちらほら起きて――新聞でさんざ書かれてましたね」
「そうだったかもしれません」
すぐに思い出せず、在森が言葉をにごした。通りの方に目をやると、門のそばには、誰かと待ち合わせをしているような風情の小野原が立っている。
「そういうわけで、どうにもじめっとした印象がついちまったんでしょう。俺はながめる分にはいい格好だと思うんですがね……あとは、いつ地震で崩れるかしれなくて怖いって声も聞きますね」
「地震ですか。頑丈そうに見えますが……」
「いつかの地震でひびがいって、何かしらで補強をしたそうですよ。建ってから三十年経ちますし、確かにそろそろがたがきてるのかもしれません」
「三十、――」
河尻が言葉を待って在森を見た。在森がばつが悪そうに微笑する。
「いや、なんでもありません」
「なんですか水臭い」
「三十といえば、私と同い年かと思いましてね」
「同い年、アッ」
河尻が声をひっくり返らせた。
「ヤ、違いますよ在森さん、在森さんのことをがたがきてるなんて言うつもりは――」
「そう言うと思って途中でよしたんですよ」
「ア、そりゃ失礼しました」
そこで二人はどちらからともなく口を閉ざした。門から一つ小さな人影が入ってきて、その後ろで小野原がさりげなく――しかし二人にしっかりと目を据えて――手を振っていたからである。
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