最期の一葉 漆

 四月の五日は晴天だった。緒都たちは衝天閣の門前で平服の巡査二人と落ち合い、あらかじめ決めていた持ち場に散った――切符売り場の近くに小野原、塔の入口に在森と河尻、十二階に緒都と沖浪、頂上に近い十四階に鴫村。売り子が現れたら互いに合図を送って取り押さえる算段である。


 十二階にはエレベーターの乗降場ステーションがあるほか、新聞や雑誌が置かれて縦覧できるようになっている。緒都と沖浪は壁際の長椅子に並んで座った。エレベーターはこの階と一階とのみを結んでいるため、先へは階段を使うほかない。今しがた鴫村が一人でのぼっていったところだ。


「売り子は来るんですかね」


 沖浪が呑気な声で問うた。


「うん。僕は来ると思うよ」

「どうしてです?」

「売り子にしてみれば、今まで姿をあやふやにできていたのに、水島で沖浪君に見つかったのは大きな痛手だ。だから、何かしらの方法で巻き返そうとするんじゃないかな」

「僕が首飾りを買った奴だっていうのは覚えてますかね」

「ウーン、どうだろう」


 緒都が親指の腹で日傘の白絹をなでた。


「少なくとも、何かを売った相手だとは覚えてる気がするな。だから君とぶつかった時に逃げたんだと思う。一言謝れば済むはずなのにね」

「なるほど。でも、今日売り子が現れたとして、捕まえて牢屋に入れることはできるんですか? まだ子どもですよね」

「確かに逮捕は無理だろうね」


 緒都が息をついた。


「警察で話を聞くぐらいはできるかもしれないけど、悪霊を扱ったとか、それで人に悪さをしたとかいうのは理由にはできないな。たとえば、露店を出しちゃいけない場所に出したっていうのなら、まだ可能性はあると思うよ。でも、実際やってるところを押さえたわけでもないし、はっきりした証言もないし――」


 その時、下の階からブウーンと音が迫り来た。緒都と沖浪はそろって部屋の中心に目をやる。乗降場の扉が開き、その奥で蛇腹の扉が開き、エレベーターから客が何人か降りてきた。子どもの姿はない。


「上へはあちらでございます」


 乗降場の係が部屋の隅に手を伸べた。煉瓦の壁に挟まれた湿っぽい階段へ客が歩いていく。部屋を出てすぐのところには階段を見張る係がいて、十三階に続く方を無言で示した。客の一人だけは部屋にとどまって新聞置き場へ向かった。


「でも、なんとしても売り子に話を聞かなきゃいけないんだ」


 緒都が再び口を開いた。


「悪霊を扱う理由、悪霊の正体、共犯者……分からないことはたくさんある」

「そうですね」

「警察が動きづらいんだから、僕たちが聞いたっていい」

「口を割らせるってことですね」


 沖浪の目が爛々と光る。


「乱暴はいけないよ」

「乱暴しなきゃ吐かないかもしれません」

「まだ子どもだよ」

「子どもでもですよ」


 緒都は一瞬言葉に詰まった。


「とにかく、話を聞くためにも、今は生きたまま捕まえないといけないんだ。みんなで協力しよう」

「分かりました。生きたまま」


 沖浪が割り切ったようにうっすらと笑みを浮かべた。

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