最期の一葉 伍
明くる四月一日より、緒都たちは衝天閣に関する本をひもとき、あるいは下見として足を運んだ。煉瓦の塀に設けられた門の内には、入場用の切符を売る小屋があり、その奥に十五層二百六十余尺の煉瓦塔がそびえている。入口で下足と刀を預けたのち、エレベーターあるいは階段でもって上層へ行くことができる。見晴らしのための場所として、まず三階の
四月三日の昼下がり、緒都と在森は浅茅野に向かった。行き先は警察ではなくその近くの小さな茶屋で、奥の席には男二人が座っていた。
「どうも、こっちです」
いち早く手を挙げた河尻は平服姿だった。その隣の人物に緒都が声をあげる。
「小野原君」
「ご無沙汰しております」
小野原が髭をちょいと触り、物憂げな目を二人に向ける。やはり巡査の服ではなく、河尻と同じような出で立ちをしている。巡査にしてはたくましさに欠ける小野原には在森も覚えがあった。席についた二人の注文が済むや、河尻が口を開く。
「わざわざここを選んだのにはわけがあるんです。ねえ、小野原さん」
「はい、河尻じゅ――河尻さん」
小野原が一つ咳払いをした。
「河尻さんから話をうかがいましてね、皆さんには旧電燈局の一件でお世話になっているものですから、わたくしも何かできることはないか知らんと考えたんです。まあ皆さんもお分かりのとおり、わたくしどもがこう、わたくしどもとして協力することは難しいです。わたくしもそれを承知で掛け合ってみたところ――」
小野原が団子の串を口に運ぶ。一同は一口がのみ下されるまで待った。
「結論を申しますと、浅茅野のわたくしどもからは、わたくし一人なら動いてよいということになりました」
「協力してくれるのかい」
緒都が前のめりになる。小野原が眉を上げ、そして「ええ」と答えた。
「ただし、わたくしどもの者として堂々とというわけにはいかないそうです。旧電燈局の件は上の者にもよくよく伝わっておりますからね、何か起きるかもしれないなら動いた格好はしておきたいところです。しかし何も起きなかった場合、狂言に踊らされたとばれるのはよろしくないし、そもそも人手を割くゆとりもない。それならば勝手を知っている者だけこっそり出しておいて、何か起きればあたらせる、起きなければそのまま何食わぬ顔といったところでしょう」
「半端なことだ。分からないではないですがね」
河尻が口を挟む。
「わたくしとしても、何も起きずじまいなら、まあそれが色々な意味で一番よろしいですね。もちろん何かあれば何かしないわけにはいきませんが」
「ありがとう、よろしく。心強いよ」
緒都が目を細めた。
衝天閣に赴いて策を確かめた後、一同はその場で解散した。花時分の通りには、桜が夕刻の光の黄金色を帯びて咲いていた。
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