最期の一葉 肆

「イツカ、あるいはイッカシヲミル、これはどういう意味だと思う?」

「ミルは目で見るってことでしょうけど、シって?」


 沖浪が問うた。


「市や町の市のことですかね。それか文学の詩」

「師匠の師、あとは誰々氏の氏」


 河尻が口火を切って在森が続く。


「死ぬではなかですか」


 鴫村が言い、河尻が頬を引きつらせた。


「アアまあ――邪魔すれば痛い目に遭うっていう脅し文句ってとこですかね」

「イッカなら一家族って意味になりますよね。一家そろって死ぬ」


 沖浪が平然と言った。


「この家のことかい?」


 緒都の目が鋭くなる。


「悪霊退治は僕の受け持ちだ。幾衛兄さんは関係ないよ」

「そんなのあっちは知ったことじゃないですよ」

「イ、イツカはイツカでも」


 河尻がやや声を張り上げた。


「日付の五日ってことはないですか。ほら、今日は三月の――そう、三十一日ですよ。五日といったらまあ四月五日でしょう。この日に何か起きるってのはないですか」

「この家が襲われる?」

「ヤ、そうと決まっては……いや、そうかもしれませんが」

「五日の日は皆ここを空けるようにしよう。僕らだけじゃなく、一人残らず」

「屋敷が燃やされたらどうします?」


 沖浪が鴫村に睨まれ、呑気な顔のまま口をつぐんだ。


「塔は――塔のくだりはいかがでしょう」


 在森が切り出した。


「塔。そう、塔だ」


 緒都が自らを落ち着けるように椅子に座る。そして売り子の絵とは別の紙にペンを走らせた――いつか、一顆、一家、五日。行を変えて、市、詩、師、氏、死。


「本物の塔のことか、それとも何かの比喩かな」

「旧電燈局の煙突は」


 鴫村がぽつりと言った。


「確かに塔といえば塔だ――けど、もう私たちが行ってからすぐに解体されたはずだな。今ある煙突なら浅茅野の発電所はどうだろう」

「旧電燈局のちょいと南のでしょう」


 河尻が在森の方を向いてうなずいた。


「あれは高いですね。何尺かは分かりませんが、そこいらの工場のよりも高いと思いますよ」

「待って」


 緒都が声をあげた。


「高いのは煙突だけじゃない。塔といえばとびきり高いのがある。十五階、衝天閣だよ」


 一同がはっと顔つきを変える。


「あそこからなら錦府市を――その向こうだって見渡せる。ことができる」

「そうだ、十五階!」


 河尻が手を叩いた。


「この辺りならあれが一番塔らしいでしょう。云々の言うところは十五階、そしてきたる四月五日に何かしらが起きるかもしれない。俺にはにおいますね。どうです皆さん」

「いいんじゃないですかね」

「私も異存はありません」

「はい」


 三人が口々に応じ、沖浪が続ける。


「でも、この紙切れだけじゃ大っぴらには動けませんよね。衝天閣で実際に何かが起きたわけでもないし、誰かが何かを見たわけでもない。河尻さんの他に警察がどうこうするとか、四月五日だけ衝天閣を閉めるとかは難しいでしょう」

「そうだね」

「となると我々にできるのは、四月五日に衝天閣で張り込みをするくらいでしょうか」

「浅茅野署にはそれとなく話すだけ話しときますよ」


 河尻が帽子をかぶった。


「どこまで聞いてくれるか分かりませんが、やるだけやってみます」

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