最期の一葉 參

 四方山話もそこそこに在森が屋敷に戻ると、門の裏に見慣れた自転車がつけてある。足早に向かった書斎には、果たして河尻の姿があった。


「どうも在森さん」

「こんにちは巡査」

「おかえり。どうだった?」

「一言一句ではありませんが、大まかな意味は教えてもらえました」

「本当に?」

「ええ」


 在森が封筒と紙片を机に置いた。河尻、それに鴫村と沖浪が寄ってくる。


「これは瑠国語で書かれた『レゲンダ・オウレア』の一部でした」

「ハ、なんですって?」


 河尻が聞き返す。


「『レゲンダ・オウレア』という小説です。黄金の宝をめぐる冒険譚で、外国では知られているんですよ」

「ははあ、なるほど」

「在森君、『レゲンダ・オウレア』って――」


 緒都が椅子から腰を浮かした。


「はい。昨年の夏、あさの旧電燈局で本を倒しました」


 鴫村がこくりとうなずいた。件の悪霊を屠ったのは鴫村の銃である。


「あの本も、瑠国語版ではなかったと思いますが、表紙の見た目などからして間違いなく『レゲンダ・オウレア』でした。そしてこのページは、主人公たちが宝を探して塔にのぼっている場面だということです」


 続けて在森が別の紙切れを出し、果川の書いた訳文を読み上げた。沖浪が「へえ」と声をもらした。


「有名な本だから、悪霊とこれとが偶然同じなだけかもしれない。けどもしかすると、偶然じゃあないかもしれないってことですか」


 河尻が頭を掻いた。


「そうだね。たとえば、『レゲンダ・オウレア』に悪霊が憑いたことを知っている人間がこの書きつけを用意したとか。あの時あの場にいたのは、僕と在森君と鴫村君と河尻君――」


 緒都が指を折る。


「電燈会社の遠藤君に工務店の田丸君、それに浅茅野署の小野原君だ」

「この屋敷にいる人間なら、わざわざこんなことをせずに面と向かって話せばいいですよね?」

「遠藤さんや田丸さん、小野原巡査からのメッセージにしても不自然ですね。差出人も宛名もないとなれば、怪しまれても仕方がないことです」


 沖浪と在森が言い、鴫村が立て続けにうなずいた。


「他に知ってそうな人間といえば――売り子やその一味ってことになりますね」

「確かに、僕たちの居場所が知られてる可能性はある」


 緒都が神妙な顔をする。


「でも、それだけを知らせるための行動とは思いにくい」

「そりゃあそうですね」

「もし売り子からのメッセージだったとして、何を伝えようとしているのでしょう。脅し、挑発、――」


 在森が言った。


「宝を探して塔にのぼる、イツカシヲミル」


 緒都が首をひねる。


「イツカ、あるいはイッカシヲミル、これはどういう意味だと思う?」

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