最期の一葉 貳

 緒都は紙片を机に置き、用心深く端をつまんで開いた。一辺あたり二寸余の洋紙は本の切れ端のようで、両面ともに活字がぎっしり並ぶ部分と余白がある。ただその活字が、見知ったのと馴染みのないのと――どちらも異国の字であることに違いはない――がごちゃ混ぜに並んでいるのだった。さらには、片面の余白に鉛筆で「イツカ」「シヲミル」と二行の書き込みがある。筆跡はお手本のように行儀正しく、それゆえどこか幼くも見えた。緒都は「イツカシヲミル」と口に出した。そして頬杖をついて考えたのち、封筒ごと持って在森の部屋を訪ねた。幸い扉の札は在室を示していた。


「いかがされましたか」

「これを見てくれるかな」


 在森は封筒と紙片を受け取り、それから緒都を部屋に迎え入れた。


「これは……本のページですか?」

「そうだと思う。門に挟まっていたらしいんだ。でもこの字が読めなくて……在森君は分かるかい?」


 在森が視線を紙片に移し、間をおかずに小さく唸った。


「これはおそらく九理キューリ文字ですね」

「九理文字……こくの辺りで使われてるっていう」

「ええ。それと、こちらは?」


 在森が書き込みを指で示した。


「それも分からないんだ。なんだと思う?」

「イツカ、あるいはイッカシヲミルでしょうか。どちらにもとれますね」

「そうか、イッカもありえるなあ。すっかりイツカとばかり思ってたよ。でもどういう意味だろう? いつの日かのいつか、一粒の一顆いっか……もしかしたら本の内容と関係があるのかもしれないね」


 緒都が目を細くした。


「いや、どうもただのいたずらとは思えないんだ。ただ書きつけを渡したいだけなら、わざわざ本を裂いて使うことはないよ」

「それも外国の本を」


 在森がうなずきながら応えた。


「あいにく私も読めないのですが、知り合いに瑠国語に堪能な者がいます。見てもらいましょうか? 口は堅い男です」

「そうだな。うん、頼むよ」


 早々に支度して在森は出ていった。もとさとの大学近くに訪ねたのは、瑠国語の戯曲や小説を翻訳し、軍の学校で嘱託を務めたこともあるはてがわという男だった。果川は頼りもよこさず現れた在森に驚き、しかし手土産や種々の話によってたちまち気のよさを取り戻した。そして在森から紙片を受け取り、眼鏡越しに九理文字を追いはじめてすぐに口を開いた。


「何、これはややこしいことはない」


 ただちには答えが出ないと考えていた在森が今度は面食らう番だった。


「本当かい」

「俺はこれを読んだことがある」

「この本を?」

「ああ、向こうの図書館で」


 果川は遥か北、錦府はおろか海をも越えたところへ目をやった。


「これは『ゾラタヤ・リギェンダ』だ」


 在森が目線でもって問い、果川が付け足した。


「知っているだろう、『レゲンダ・オウレア』だよ」

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