第伍幕 最期の一葉

最期の一葉 壹

 久仁くにただしを病院に見舞った後、昼餉にはまだ早い刻限である。緒都と鴫村、それに沖浪は馬車を降りた足で書斎に会した。玄関へ出迎えに現れた在森も一緒である。


「売り子を見たと言ったね」


 緒都が抑えきれぬ上ずった声で問うた。在森が眉を片方だけ動かす。首肯した沖浪の顔には、いつもの呑気な微笑が取り戻されようとしていた。しかし双眸には冷たく獰猛な光がちらつくようにも見えた。


「どこで?」

「病院から少し行った濠の近くです。鴫村さんと歩いてたらたまたまぶつかったんです」

「沖浪君、私から聞いても?」


 在森が口を開いた。


「どうぞ」

「沖浪君はネックレス――首飾りの時には売り子の姿を忘れたと言っていたけど、今日はその人が売り子だと分かったっていうことかい?」

「そうですね。なんというか、ぶつかった拍子に思い出したような気がします。今も覚えてますよ」

「今も?」


 緒都と在森が同時に口走った。沖浪が机上のペンと紙をとり、決して達者ではない絵を描きつける。頭の上の平たいのはハンチングに思われた。シャツにズボン、手には旅行鞄を携えている。続けて髪や服の色を書き込んだ。


「大体こんな具合です。やっぱり子どもでした」

「髪が金か茶色となるとストレンジャーか」


 紙をのぞき込み、やはりとでも言いたげに在森がつぶやいた。


「なんです?」

「この国――さかではない国の人ってことだよ」

「ア、そうかもしれませんね。顔つきもそうでした。顔といえば――」


 沖浪が再びペンを握り、絵の左頬に一筋の線を入れる。


「こんな、向こう疵みたいな痕がありました」

「傷跡か」


 緒都が言った。


「鴫村君も売り子は見たかい?」


 鴫村がうなずいた。


「覚えてる?」


 今度は肩を縮こめてかぶりを振る。


「確かに見たどん」

「分かった。大丈夫、鴫村君の落ち度じゃないよ」


 食客三人は部屋に戻り、緒都は電話室に向かった。売り子について伝えようとしたが河尻は留守で、折り返しを待つことにした。


 女中のフクが部屋を訪れたのは、昼餉を終えてすぐのことだった。折り返しがあったのかと思いきや、フクは手に持っていたものを緒都に見せた。横長の封筒だった。何も書かれておらず、切手や封蝋もない。


「これは?」

「門に挟まっていました。今朝見た時はなかったんです。中身はまだ確かめておりませんが……」

「ありがとう。僕が預かるよ」


 顔をわずかに曇らせたままフクが下がる。緒都は窓辺に封筒を掲げて中を透かし見た。四角い影があり、軽さからしても妙な様子はない。をめくってのぞけたのは折り畳まれた紙片だった。

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