青雲の滴瀝 拾壹
久仁の方へ向かいかけた緒都がよろめいて沖浪に支えられる。甲高く叫ぶ藤岡が一雄を巻き込んでひっくり返り、積み上がった本を台無しにした。鴫村は布にくるんだままのツネを小さく振りかぶって突き出した。銃床がパイプの火皿をかすめる。パイプの行く手に目を走らせば、河尻が久仁を守ろうと引き倒すところだった。パイプの吸い口がぶるりと揺れて水滴じみたものを放ち、とっさに顔をかばった久仁の手に注いだ。
「まずい」
緒都が口走り、久仁が絞り出すようなうめきを発する。
「河尻君、久仁君を連れて馬車で病院へ……僕も行って説明しよう」
「必要ありません」
久仁が右手をわななかせて壁際へ後ずさった。左手にはパイプを包んでいた布を持っている。
「だめだ。早くしないと……」
「河尻巡査――これで右腕を縛ってもらえますか。毒が回るのを遅らせられるはずです」
「え?」
緒都が声をあげる。青い顔に脂汗を浮かべて久仁が続けた。
「医者には僕が話します。音を鳴らして威嚇する毒蛇……マムシなんかとは違う類でしょう」
「どうしてそれを」
「とにかく、お嬢さんが一緒に行ったらいいんじゃないですかね」
沖浪がけろりとした顔で言った。
「病院までに久仁さんがしゃべれなくなるかもしれないですし。こっちはなんとかしますよ」
「……分かった。そうしよう、久仁君」
久仁がうなずき、三人の足音が背後に消える。
「一雄さんと藤岡さんも外に行ってください」
さらに二人が出ていく。鴫村は沖浪が満足そうに笑むのを見た。
「鴫村さんは怪我はないですよね」
「なか」
「それはいい」
「どぎゃんすると」
「どこに隠れたか分からないので、鴫村さんのその長いのであちこち叩いて、出てきたところをやりましょう」
「ツネばい」
「ツネで」
鴫村はツネを構え直し、物という物を片端からつついた。散らばった本や反故の山はやんわりと叩いた。沖浪は隣でにこにこしたまま突っ立っている。そして抜き足で置き炬燵に近づいた時、薄い布団の下からくぐもった音がしゃらしゃらと耳に届いた。
鴫村が布団をめくり上げると同時に、黒い影が積まれた本の陰に向かって走る。飛び退く鴫村に替わって躍り出た沖浪が、柄――否、鞘の辺りから何かを抜いた。銀の光が小さく閃く。
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