青雲の滴瀝 玖
久仁の下宿は神社の裏にあり、廊下を行ったり襖をすり抜けたりする霊が一目に四、五は見えた。時に小さな妖怪の類も交じった。往来を目で追っていた鴫村は緒都に言われ、ツネを脇に置いて座った。置き炬燵や本や反故をどけてもなお狭いが、人の多さに目をつぶれば居心地は悪くない。
「今日は急にすみません。ですが言わなきゃならないことがあるんです」
久仁がうつむきがちに言った。
「まず……パイプは僕が持ち帰りました」
久仁の眼鏡の縁が鈍く光る。鴫村はせせこましく円座する一同をながめた。河尻、久仁の隣の一雄、藤岡、緒都に沖浪、誰も何も言わない。
「ええと」
緒都がかろうじて声を出す。
「それは君が亜川君の遺体を見つけた時――十七日の朝のことで合ってるかな?」
「そうです」
「経緯を説明してくれないか」
曇った顔で一雄が促す。久仁が頭をさらに傾けてうなずいた。
「亜川君の遺体を見た時、病気や事故ではないと直感しました。それこそ毒でも飲んだか盛られたかしたとしか見えなかった」
久仁がうつむいたまま言った。
「自殺にしろ殺人にしろ、現場にある物なんて、警察に回収されたらいつ戻ってくるかしれません。買ったばかりのを手放すのが惜しくてとっさに取り戻したんです。でも帰ってみて思いました。僕が亜川君を殺した嫌疑をかけられて、その上パイプを持ち去ったのがばれたら、パイプを使って殺したと思われるに違いない。それでパイプを隠しました――僕の部屋なんか絶対にくまなく見られるでしょうから、誰も見向きもしないようなところに。何度も確かめに行きましたが、誰も気にとめていなかったし、警察が調べに来た様子もありませんでした。それが今朝になって消えていました。いくら探しても見つからないんです」
「今なら言っても問題ないでしょう、パイプはどこに隠してたんですか?」
河尻が問うた。
「そうですね。図書館の近くの植え込みの陰です。小さい割に深い窪みがあって、そこに油を引いた紙と布に包んで隠しました。靴の具合を確かめるふりをして屈んだらちょうど中が見えるんです」
「その手の怪我は探した時のですか?」
沖浪が視線で久仁の右手を示した。久仁が手のひらを出すと、何かで突いたような赤い傷があった。
「ああ、はい。その時は必死で気づかなくて……植え込みの枝で少し刺したんでしょう」
「へえ」
「今朝見に行ったら、包みは窪みの中にあるのに様子が違いました。布がはだけて紙が破れていたんです。包みを引き上げたら中身は空でした。誰かが見つけたとしたら包みごと取り出すのが自然だと思います。それに窪みの大きさからしても、包みを引き上げずにパイプだけ取り去るのは難しいはずです」
久仁が文机に置いていた布と油紙を円座の中心に置いた。しわの寄った油紙には親指の長さにも満たない破れ目が生じている。鴫村は心もち前のめりになって油紙を見つめた。背中の毛をぴしぴしと弾かれるような妙な心地が――悪霊の気配がかすかに残っている気がしないでもない。緒都に伝えようとして、
「この期に及んで意味の通らない悪あがきとは!」
藤岡が言葉を阻んだ。
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