青雲の滴瀝 陸
中庭に昼過ぎの涼しい風が吹いている。今こそ三人と卓を囲んで穏やかな気持ちでいるが、これが一人であったらと鴫村は思う。明るく広く、自分が無防備な姿をさらしているようで居心地が悪いに違いなかった。謙遜を抜きにして狭い庭だと緒都から聞いたが、自分にとってそうでないことに変わりはなかった。
「一雄君は」
弟の名前に意識を引き戻される。
「一雄君は今いくつだっけ」
「二十二です」
「なんだ。僕と変わりませんね」
沖浪が何杯目かを飲み干し、大きな急須をつかもうとして在森に制される。
「卒業したら
在森が沖浪に注いでやる。一雄から具体的な話を聞いたことはない。鴫村は首を横に振った。
「法律ば続けたいち言ってましたが」
「となると弁護士か司法省か……幾衛兄さんと仕事することがあるかな」
「でも、弟なのに一の字がつくなんて変わってますね」
沖浪が紅茶に口をつける。鴫村はビスケットをちびちびとかじる。
「
在森が尋ね、緒都が小さく肩を震わせて笑った。
「エエ? そんなわけないですよ」
沖浪がビスケットに手を伸ばす。何度か咀嚼してから出し抜けに顔をしかめた。
「痛。噛んだ」
しかめ面のまま沖浪が舌を出した。先端近くに血が薄く滲んでいる。
「兄弟をからかうから」
在森が肩をすくめる。鴫村はビスケットを食べ終えて指を舐め、ふと緒都が黙っているのに気づく。声をかけるか迷った瞬間、
「そうだ」
緒都がつぶやいた。在森と沖浪もそろって緒都を見る。
「なんです?」
「沖浪君、それかもしれない」
緒都が自らを落ち着かせるように紅茶を飲み、それから再び口を開いた。
「蛇の毒は毒腺でつくられて牙から咬み傷に入る。でもそれは、蛇が蛇そのものの体だったらの話だ。パイプは毒の分泌ができたとしても、毒を注ぎ込む牙まであるかは分からない――いや、あるとは考えにくいんじゃないかな。久仁君はパイプを何度も吸っても噛まれたと感じたことはないし、毒にあたってもいないからね。いや、毒を飲んでいた可能性はあるんだ。でも無事だった。毒の入る傷がなかったから」
「蛇の毒は、ただ体に入れるだけでは害にならない……まむし酒と似た理屈でしょうか」
在森が言った。
「では、亜川さんの場合は――」
「何かしらの傷があって、そこから毒が入ったってことですね」
沖浪が再び舌を見せる。
「僕みたいに食べてる時に噛んだとか」
「それか虫歯かもしれないね。あとは、緊張や負担を感じた時に口の中を噛んでしまうっていう癖もある」
「緊張や負担……ストレスということですか。亜川さんは神経質だそうですから、考えられない話ではありませんね」
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