第肆幕 青雲の滴瀝

青雲の滴瀝 壹

〈拝啓 きん兄さん。大学の並木の若葉が大きくなっています。貞峰様のお屋敷の近くにも若葉やつぼみが目立つことでしょう。お変わりないですか。僕は元気です。

 僕は楽しくやっています。勉強もうまく進んでいます。ただ、僕の周りのことで一つ気がかりなことがあります。友人の君のことです。少し前に手紙で紹介したかもしれません。僕と同じ年に入った文科の久仁ただし君です。彼は今、大学を去らねばならない、もしかすると世間から見捨てられ、僕や他の友人の前から永久に去ることになりかねない状況にあるのです。僕たちは、彼は罪――皆に勘違いされているのだと、決して罪を犯していないのだと信じています。もちろん僕たちのお人好しだけでそう信じているのではありません。それだけの理由があり、力を合わせて調べてもいます。そして調べれば調べるほど、彼を助けるには、もしかすると兄さんや貞峰様の助けが必要なのではないかと感じるようになったのです。これは、お力を貸してほしい、まずはお話を聞いていただけないかというお願いの手紙です。

 お忙しいとは充分わかっているのですが、手紙ではなく会ってお話をしたいと思っています。日取りは兄さんのよいように決めてください。ただ、あまり時間がありません。早いお返事を待っています。 敬具

 三月二十五日     かず


 緒都が言葉を切り、鴫村の耳には歯車の音が再びはっきりと届きはじめた。ソファにかけていた在森が、いつの間にか神妙な顔で隣に立っていた。


 筆まめな弟から届く手紙を、鴫村は緒都や幾衛に読み上げてもらっている――易しい言葉を選んで書かれていることは分かるものの、読めない字や知らない言い回しが交じっているので。


「あとは僕宛てにも同じようなことが書かれてるよ。読もうか?」


 鴫村はかぶりを振る。緒都が手紙を置いた。


「一雄君の言うとおり、久仁君は一月の終わりに届いた手紙に出てきたね。同期の文科生で、仲間と一緒に小説や芝居を書いている。読ませてもらったらとても面白かった――そんな感じの紹介だったな」

「文科ですか。一雄さんは確か法科でしたね」


 在森が言った。


「はい」

「あちこちに友達がいるんだね。羨ましいな」


 緒都が目を細める。


「ところがその友達が窮地に陥っている。何かの事件の犯人ではないかと疑われてるわけだ。しかも書き方からすると軽い罪じゃなさそうだね。まずはなるべく早く、一雄君と、できれば久仁君にも話を聞きたいな。河尻君に怒られない程度に調査もしよう。その後で河尻君に、それらしき事件の話がないか確かめる。これで大丈夫かな、鴫村君」


 鴫村はうなずいた。


です」

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