夢幻の松籟 肆

 三人はジャクリーンの案内で厩舎に向かった。馬は三頭、いずれも力強く優雅な肉付きで、青毛に陽光を照り返している。


「手前からエボニー、こうぼく、ポーターです。宜周と一緒に名前をつけました。私たちの子どもですね」


 ジャクリーンが三頭の頬を順番になでて微笑んだ。


「香墨はたてがみが少し白っぽいんですよ」

「本当ですね。三頭ともきれいです」

「そうでしょう。特に、エボニーとポーターは私の故郷から連れてきたんです。まるで絵の中から出てきたみたい――ああ、贔屓はいけませんね」


 ジャクリーンが緒都を振り返った。


「触ってみますか?」

「はい」


 緒都はエボニーの鼻先に手を近づけた。エボニーが耳を動かしてにおいを嗅ぎはじめる。それが落ち着いてから鼻の上辺りをそっとなでた。香墨とポーターも、同じようににおいを嗅がせた後にぽんぽんとなでる。


「どうですか、緒都さん。何か分かったことはありますか?」

「そうですね……」


 緒都は手を引いて目を閉じる。数間四方に悪霊が潜んでいれば、羅針盤を使わずとも直感が教えてくれることがある。しかし、研ぎ澄ました意識に引っかかるものは今はなかった。


「おそらくですが、厩舎の近くには悪いものはないと思います」

「ああ、それはよかった」


 ジャクリーンが近くの建物を手で示した。


「そこが馬車庫です。今は幌の方しかありません――箱馬車クラレンスを点検に出したものですから」

「二台お持ちなんですね」

「はい。私と宜周と、別々に出かけることだってありますからね」


 二頭立ての幌馬車に、やはり悪霊らしき気配はない。緒都は沖浪と鴫村を振り返った。二人とも思い当たるもののない顔をしている。


「後は箱馬車を確認したいのですが、点検はどこで?」

あらまつちょう駅の近くの倉瀬馬車店というところです」

「近いですね」

「はい。週末には終わると聞いていますが、お店に行ってみる方が早そうですね。緒都さんたちが行くと私から言っておきましょうか」

「ありがとうございます、お願いします。それと、今回の件について私から警察に連絡してもよろしいですか?」

「警察?」

「事を大きくするつもりは決してありません。私たちはほとんどの依頼を警察と協力して解決しています。というのも、私たちには捜査する権利がないんです。調べさせてほしいとお願いしても、断られてしまったらそれまでになってしまいます。それに――今回はまずないとは思いますが――なんらかの事件が関係していた場合、やはり私たちだけでは対処しきれないことも出てきます」

「アア、そういうことですか。納得しました。緒都さんは探偵のようなものですね」


 客間に戻って茶を飲んだ後、緒都たちは侯爵の屋敷を去った。馬車のステップに足を置いたところで鴫村がちらと振り返る。忘れ物かとジャクリーンが問うと、小さく首を振って乗り込んだ。


「鴫村君、何かあったかい?」

「馬のおりました」


 鴫村は遠ざかる門に視線を注いでいる。


「ああ、皆きれいだったね」

「んにゃ」


 鴫村がかぶりを振った。


「門のそばに黒か馬のおりました」

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