夢幻の松籟 參
「
「馬車に繋いだ時に暴れてしまったとか」
「そうです。その時のことは、私は見ていないから分からないけど、脚を折って骨が飛び出てしまったの」
ジャクリーンが顔を歪め、緒都もつられて眉をハの字にする。
「馬丁が言うには、その日は――いえ、その日もですね――おかしなところは何もなかった。きちんと食べて機嫌もよくて、早く走りたそうにしていたって。なのに出かけようとした途端……」
「そうですか……。ジャクリーンさん、その時はどちらに行く予定だったんですか?」
「演奏会です。私の故郷の楽団が来ていましたから」
ジャクリーンが心もち胸を張る。帯留の青い玉がきらめいた。
「結局その日は車を呼んで出かけたけど、それからは他の馬たちも馬車を見ただけで怖がってしまって……なんとか言うことを聞いてくれることもあれば、どうしても動いてくれなくて車を呼ぶこともあります。私は遊びに行くだけだから別にいいんです。でも宜周はあちこち飛び回らないといけないから、いつまでもこの調子だと大変。考えにくいことだけど、松煙の霊が関係あるかもしれないと思って神宮に見てもらったんです」
「神宮というのは、もしかして
「ご存じ?」
「はい、朧ヶ関の方ですね。怨霊や妖怪といえばそこです。でも、そこの人間曰く祟りや呪いではない」
「そのとおりです」
「では松煙号が祟りを起こしているのでもなく……たとえば考えにくいことですが、侯爵やジャクリーンさんをよく思わない誰かが呪いをかけさせ、それで馬たちが被害を受けているということもなさそうですね」
「はい。それで神宮の方が、貞峰という家の人なら心当たりがあるかもしれないと教えてくれました。宜周はあなたのお兄さんを知っていたから、それで相談したんです」
「なるほど」
緒都はうなずいた。
「確かに私の家も、祟りや呪いとは違いますがそういうものを相手にしています。もしかしたら馬たちを苦しめているものが分かるかもしれません」
「
「はい――ああ、」
緒都は言いながら在森の言葉を思い出した。
「そうですね、
「それは心強いですね」
「あとは……一つ無礼を承知でお聞きしますが」
「はい」
「まさかとは思うのですが、お宅に出入りする人間が馬や馬車に直接細工をしている可能性は?」
「それはないと思います」
ジャクリーンがきっぱりと言った。
「私も宜周も、誰かに恨まれるようなことをした覚えはありません。まさか今さら私たちの結婚に反対する人がいるとも思えないですしね」
「おっしゃるとおりです」
緒都はうなずき、紅茶で唇を湿した。
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