黄金の羽撃 玖(終)

 沖浪は呑気に散策などして取り残された自分へのいら立ちに任せて寝台に転がっていたが、しばらく経ってから部屋を出た。何をしたいわけでもないが足が向いた先は書斎だった。案の定誰もいない。「沖浪君も勉強かな?」と緒都の声が蘇って消えた。読むのが苦手なわけではないが進んで読んでみる気も起きない。窓掛けが風に揺れる音と、のろのろと回る歯車の音だけがしている。


 日頃緒都の座っている机を回り込んで歯車の前に立った。これが動いている限り敵がいる。沖浪にとって心が弾む話でないといえば嘘になった。これが止まるまでは都に敵が潜んでいる。妹の仇の手合いを心おきなく斬ることができる――その事実は軽やかな興奮となって胸を高鳴らせた。


(ずっと回っていたらいい)


 沖浪はいら立ちを忘れて歯車をながめていた。そして部屋に戻ろうとした時、懐から出した手が机上の何かにぶつかった。見れば手のひら大の板が倒れていた。起こしてみると板は片面に窓のように玻璃がはまり、その内に写真が一葉おさめられている。写真には三人の姿があって、中央の椅子には背広を着た幾衛が座っている。向かって右、椅子の背もたれに手を添えるのは今より幼い緒都だった。残りの一人、椅子を挟んで緒都の反対側に立つ男に沖浪は心当たりがなかった。緒都とよく似た顔立ちだが、制服姿からして父親とは思いがたい。


(親戚かな)


 扉の開く音がして沖浪は顔を上げた。幾衛が沖浪に背を向ける格好で書架の前に立った。


「この写真は?」


 沖浪は尋ねた。


「真ん中はあなたですね」

「ああ」


 幾衛が分厚い一冊をとって革張りの椅子に座り、それから片眼鏡をはめる。


「私が初めて当選した時に撮った」


(にしてはちっとも嬉しくなさそうな顔だな)


 写真の中の幾衛は相変わらずの無表情で遠くに眼差しをやっている。


「右はお嬢さんですね」

「そうだ」

「左にいるのは?」

「弟だ」


 沖浪は心の中で納得した。


「一度もお会いしてませんね。留学ですか? それとも軍?」

「いや。四年前に死んだ」

「へえ。どうして」

「病だ。誰にも言わずに働き続けた。気づいた時には手の打ちようがなかった」


 幾衛が本を繰る。顔を伏せているので表情は知れない。


「どこへお勤めだったんです」

「悪霊討伐だ。緒都のように頭領をしていた」

「それでお嬢さんが跡を継いだんですね」

「ああ」

「お名前は?」

あきだ」

「へえ」


 沖浪は写真を机に戻して書斎を出た。窓から静かな風が一陣、頬のそばを抜けていった。




 第貳幕 黄金の羽撃   終

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