黄金の羽撃 捌

 在森たちは河尻達と別れて馬車へ向かった。三人の姿を認めるなり、中牟田が馭者台を降りて扉を開ける。


「暑いなか待たせたね」

「いいえ、ご無事で何よりです」

「二人のおかげだよ」


 緒都が在森と鴫村を見る。在森は微笑してみせた。鴫村は銃を抱いて猫背気味に縮こまっている。


 馬車は旧電燈局の周りをぐるりと回って西へと引き返した。建て込む民家の間には遊郭の石垣がのぞいた。


「いい日和だね。庭でお茶でもしたいな」


 過ぎていく辻を横目に緒都が言った。返答しながら在森は少し身構えた。緒都はシリアスな話の前に他愛ないことを口にするので。


「今朝ね、沖浪君が暇だって言ってきたんだ」

「暇ですか」

「来る日も来る日も戦うと思ってたみたいだ。僕の説明が足りなかったよ。兄さんの時ならもっと、それこそ毎日のように出番があったろうにね」


 緒都の顔が外光を受けながら影をまとうのを在森は見た。隣で鴫村が耳を傾ける気配がする。


「緒都様のせいではありませんよ。あなたはよく務めていらっしゃる」

「ありがとう。そうだね、僕も力は尽くしているつもりだよ。だけど、いくら本を読んでものを知ったところで、悪霊の一体も満足に見つけられない」


 緒都が懐に手を入れ、時計を握り込む。


「事件が起きて、河尻君の報告があって――僕らが動く頃にはいつも誰かが傷ついて、命を落としてる」

「それは残念ながら事実ですが、だからと言ってあなたお一人が気に病むことではありません。私も自分にもっと力があればと何度思ったことか」

「そうかもしれないね。一生かかってもあんな風にはなれないって思うよ。思うというより、はっきり感じるんだ。生まれる体を選べないのと同じに、自分ではどうにも変えられないことだって」


 緒都は数拍をおいてふと言った。


月に乞うAsk for the moon、だったかな」

「ええ。よく覚えていらっしゃる」


 在森は微笑してみせた。


 馬車は浅茅野を離れて順調に帰路を進んだ。通り過ぎたミルクホールの店先では女給が順番待ちをさばいていた。


(そうだ。紅茶を淹れようと思っていたんだ)


 在森はふと思い出した。


(八つ時になったらお嬢さんと旦那様をお誘いしよう。沖浪君も来るだろうか)

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