黄金の羽撃 漆

「下がって!」


 後ずさり、日傘を閉じながら緒都が声を張る。建屋の陰に入った小野原が手招きし、遠藤と田丸、最後に河尻が駆けていって身を低く寄せ合った。鴫村も何間か離れた別の物陰に身を隠す。


「なんだあれは……なんだってこんなところに」

「さあ……」


 言い合う遠藤と田丸を視界の隅に見つつ、在森は仕込み杖を構えた。本は緒都と在森の上を旋回している。革張りの表紙は黄色、そこに金箔が輝いて、気が動転していれば確かに金の大鳥に見えないこともない。在森は目を回さぬ程度に凝らし、箔の文字や模様を追ううちにはたと気づいた。


「ひょっとすると『レゲンダ・オウレア』かもしれない」

「れげんだ・おうれあ?」

「ええ。隠された黄金の宝をめぐる冒険小説です。向こうではどこの国でも有名です」

「面白そうだね。倒す前に読みたかったよ」

「ごもっともですが致し方ありませんね」


 本が翼をたたむようにページを閉じ、正面から急降下してくる。在森は一歩退いて間合いに仕込み杖を走らせた。今度は本が浮き上がってかわす。弾むように上下しては追いすがり、蹴りつけるように角を振りかざす。その一撃ごとに後退し、防戦一方と見せかけて在森は前に出た。ページを数枚断ち切る手応えがあった。再び仕掛けようとした時、本が均衡を崩しながら在森を離れた。そして皆の視線を受けながら空を上り、高い建屋の棟にとまった。在森は内心嘆息し、それから本を刺激せぬよう抑えた声で言った。


「緒都様、許可は出ていますか」

「うん。ねえ、小野原君」

「そうですね」


 小野原のやや間延びした返事が聞こえる。


「遠藤さんも河尻君から聞いて承知しましたからどうぞ。ですが電線の類は切らないでほしいそうです」

「だそうだ、鴫村君」


 緒都は頭を物陰に向けて言った。


「狙えるかな」


 返事はなかった。ただ、弾を込める音がした後、物陰からぼさぼさの頭が、次に筒先が数寸ばかりにゅっと出た。どうやら片膝をついて構えているようだった。その先には本が綽々ととまっている――まるで次はいつ襲いかかってやろうかと考えているかのように。が、新たな殺気を感じたのか、やにわにページを広げて飛び立った。


「ああ」


 誰かの頭を抱えるような声が聞こえた。在森は黙って本の飛ぶ先を見守る。本が棟を離れて数尺、ちょうど辺りに電線のない中空に出た瞬間、ぱん、と軽く鋭い音が響いた。本が悶えるように一回転してページを散らし、羽ばたきもままならずに地面へ落ちた。草のつぶれる音がする。鴫村が物陰から飛び出て一目散に駆けていった。在森と緒都が追いついてみると、そこには何もなかった。在森が辺りを見回すが、やはりそれらしきものは見当たらない。


「うん、気配も消えたみたいだ。お手柄だね、鴫村君」


 緒都が歯を見せて笑った。在森が肩に手を置くと、鴫村ははにかんで銃身をなでた。

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