黄金の羽撃 陸

 建屋が見た目よりも傷んでいるので不用意に近づかぬよう遠藤が注意した。田丸と遠藤が先頭を行き、他の者が続いた。在森の後ろには河尻と鴫村が歩いている。


「時に河尻巡査」


 河尻がタタッと足を速めて在森に並んだ。


「売り子の件ですが――」


 在森は声をひそめた。


「確か、今まで目撃された場所を中心にあたっているというお話でしたね。その後どうですか」


 路上に旅行鞄を開いて商う子どもが悪霊の憑いた品を扱っている――購入者やその周囲の話から判明しているのはこれきりだった。人相や身なり、男か女かを尋ねても、記憶にないと申し合わせたように返ってくる。首飾りを買った沖浪も同じように話したのを、在森はよく覚えている。


「そうですね、私服の連中が見回っちゃいますがなかなか見つかりません。もしかするとドンピシャのを見てもいつもみたく頭からすっぽ抜けちまってるかもしれない。まるで化かされてるみたいだ、厄介この上ないですよ。だからって子どもの物売りを片っ端から改めてちゃキリがないし、勘づかれて逃げられちまう可能性だってある。せめて人を増やしたいのは山々なんですが、恥ずかしながらどこも手が足りないもんで……それにこう、あまり事を大きくしちまうのもそれはそれでって話です」

「そうですか……。こちらでも何かしら動けるといいのですが」

「ああ、ここでさ」


 田丸の声に在森と河尻はそろって前方に目をやった。いくつかの建屋の入口に面した少し開けた場所だった。地面には手入れのなされぬままに草が茂り、左手の煉瓦越しには門から見えた巨大な煙突がそびえている。


「近い気がするよ」


 緒都が建屋を見上げながら言った。在森もまた、神経の弦をかすかに弾くものがあるのを感じていた。


「わたしはこの辺りにいて、浦部さんは……」


 田丸が小走りに煉瓦の建屋に近づき、くるりと一行の方を向いた。


「この辺にいました」

「そこで襲われたんですね」


 河尻が言った。


「へえ、そうです。こうしてこっちの建物の前にいたところに何かが降ってきたんで」

「降ってきた。横から来たのではなく、上からですか」


 小野原が髭をいじっている。


「鴉や隼は急降下することがあるね」


 緒都が首を傾けながら言った。


「鴉は雛や卵を守るため、隼なら獲物を捕えるためだ。ただし、鴉の子育てをする時期は――」


 と、緒都の日傘の上に降りかかったものがある。影だった。在森は反射的に左手でステッキをひねって鞘を払い、頭上に向かって刃を振る。手応えのない刃の先を仰げば、逆光を背負った何かが無数の薄い翼を、否、ページをばらばらと動かして舞い上がっていた。


「ああ、あれだ!」


 田丸が指差して叫んだ。在森は眉根をぐいと寄せて青天を睨む。四百ページは下らない厚さの本だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る