黄金の羽撃 伍
一瞬見えた内濠を置き去りにして、馬車は北東へ走った。在森は鴫村と共に行く手に向かって座り、緒都がその反対に席を占めている。酔いやすい鴫村は目をつぶって隅に縮こまっているが、眠りに落ちている風ではなかった。
「人が多いですね」
在森は外へ目を向けた。
「いつもこんなにごった返すものなんだね」
緒都が同じように窓をのぞく。
「小さい頃に生人形か何かを見に来たけど、その時もひどい混みようだったな。何せ混んでたことしか覚えてないんだから」
「そうですね。日曜ともなれば、一度はぐれたら会うのはあきらめた方がいいくらいです」
「そんなに」
緒都が目を丸くし、鴫村が得物を搔き抱いていっそう縮こまる。在森の脳裏には、泰西のある国で見た、王族の即位か結婚かを祝ったパレードの光景が浮かんでいた。あれほど一度に人を見るのは後にも先にもあの時だけだと在森は思っている。宮殿から伸びる通りは押し寄せた市民で身動きがとれず、飾り立てた馬車や行列は遥か遠くを行って終わった。明くる日の新聞は、何百人もの見物客が
馬車は脇道に逸れて再び快い速度で走り、そしてうら寂しい通りで停まった。在森が最初に降りて緒都に手を貸し、最後に鴫村がのっそりと出てきた。
「ここで待っときますので」
中牟田が馭者台から声をかけ、在森がうなずいた。
通りの片側は民家や料理店、もう片方の側には塀が伸びてコンクリートや煉瓦造の建物数棟を囲んでいる。奥に見える灰色の壁は、振り仰げば巨大な煙突だと分かった。異国の港湾都市で見た工場群を髣髴とさせる風景だった。塀の門の前には河尻以外に男が三人立っており、制服姿の一人は運動の不得手そうな男で、浅茅野署の
「錦府電燈の遠藤さんと
小野原が紹介し、遠藤と田丸が順に頭を下げた。
「遠藤君、浦部君はその後どうかな?」
「ア、はい。部署が違うもので直接は分かりませんが、毎日杖をついて来ていると聞いています。現場に出られず事務方ばかりだとか」
「大変だ」
緒都が渋い顔をした。
「サ、さっそく現場で検分といきましょう。田丸さん、案内をお願いしますよ」
「へえ」
遠藤が門の錠を外し、河尻や田丸と一緒に重い扉に手をかける。それをながめていた小野原が緒都の方を向いた。
「貞峰さん、頭を守る物はお持ちですか」
「これでいいと思うよ」
緒都が日傘を開くと、小野原が口元の髭をしごいてうなずいた。
(酒場でシャンソンでも歌っていそうな男だ)
在森は敷地に踏み入りながら思った。
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