黄金の羽撃 肆

「ああそうだ、やっぱり重さでいけばちょうどこんな具合でしょう。花瓶にしちゃ小さくて軽いと思いますがね、もっと重いと一発でタダじゃ済まないことになりますよ。そうです、今回の加害者の攻撃はその一発だけじゃあ命を奪うことはない――よっぽど当たりどころが悪けりゃ別でしょうが――だからこないだの酔っ払いも調べて分かったのは、死んだのは頭をやられたからでなく、あくまでやられた拍子に溝に落っこちて溺れたからなんです。財布が残ってたのもこれで合点がいきますよ。鳥もどきが犯人だとすりゃ、物盗りにでも仕込まれてない限り金目当てってことはないんですからね」

「つまり――」


 在森は河尻の言葉が切れるのを待って口を開いた。


「つまり、酔っ払いの事件と今回の旧電燈局の事件は手口がそっくりなのでおそらく犯人は同じ。そして旧電燈局の被害者や目撃者の証言からすると、人間の犯行でもなく、ただの動物の仕業でもなさそうということですね」

「そうです」

「所轄の署からの協力依頼は?」

「ついに今朝あったんで飛んできた次第です。いつでも動いていただけますよ」

「そしたら行こう。在森君、馬車の用意を――それと鴫村君を呼んでくれるかな」

「ええ」


 在森は厩舎へ行き、馬丁のなかに出立を知らせた。


「いつも急ですまないね」

「とんでもない」


 中牟田が両手を振って馬を見やった。二頭とも退屈そうにのんびりと頭を動かしている。


「どちらもそろそろ走りたがってましたから。車の手入れも万全です」

「ありがとう」


 中牟田が恐縮したように頭を下げ、ぱっと身を翻して準備にとりかかった。


 鴫村の部屋の札は果たして在室を示していた。ノックの後にややあってドアが開いた。ぼさぼさの頭がのぞき、黒い目が見上げてくる。


「お嬢さんがお呼びだよ。すぐに出発だ」

「分かりました。支度ばします」


 鴫村はそれから「ツネ」と呟き、部屋の奥に取って返した。彼の支度といえば脚絆を締めて得物を担ぐぐらいだと在森は承知している。次は自分の身支度にとりかかった。コートの裏にナイフを忍ばせ、オーデコロンを首筋に一吹きして山高帽とステッキを身につける。外出用の革靴に履き替え、ステッキを何度か持ち直して重みを確かめる。完璧だ。


 玄関には日傘を持った緒都が待ち構えていた。ドアの磨りガラス越しの馬車回しには、すでに二頭立ての馬車がつけられている。間もなくやって来た鴫村と共に三人で乗り込んだ。

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