黄金の羽撃 參

 窓から自転車が見えたのは、紅茶を淹れようと立った拍子のことだった。在森は部屋を出、薄手のコートに袖を通しながら階段を下りた。踊り場を過ぎると同時に呼び鈴が響く。待っていたのは予想に違わぬ人物だった。


「や、どうも在森さん」


 河尻は脱帽し、じっとりとした髪を掻いて整えた。今日も警視庁なりどこかの署なりから息急き駆けつけたのだろう。在森はにこやかに応えて迎え入れた。緒都は地理学の本を相手にしていたが、河尻の訪いを告げると栞を挟んで閉じた。


「どうもお嬢さんお元気そうで。今日は出かけていただくことになりそうですよ」


 着席早々河尻が言った。在森はすかしていた窓をさらに開けた。乾いた風がたっぷりと入ってくる。そのまま窓際で話を聞くことにした。


「何か動きがあったんだね」

「はい。こないだ話した酔っ払いの事件、あれは悪霊の仕業かもしれません」

「酔っ払い」


 緒都が顎に指をあてた。


しょうてんかくの辺りで頭を殴られて溝に落ちたっていう」

「よく覚えてらっしゃる! あれとそっくりなのが起きたんです。しかも今回は近くにいた人間が加害者を見てるときた」

「その加害者が人ではなかったと」

「そのとおり」


 河尻が嬉しそうなほどに力強くうなずいた。


「今回の場所もまさにその十五階の近くです――旧でんとうきょくはご存知で?」

「うん。遊郭の近くだね」

「ええそこです。使われなくなって長い、もう一度使う予定もない、あんなでかい煙突なんかころっと倒れた日には一大事だってのは前々から言われてたんですがね、このたびいよいよ取り壊そうと電燈会社が重い腰を上げたんです。なんで解体屋を連れて下見に行って、そこで事件が起きた。何手かに散って見回ってるうち、浦部ってのが頭の後ろをがつんとやられたんです。命に関わる怪我じゃないが、弾みで転んで足をくじいちまったそうで――それで何事かと思って後ろを向いたら、金色の鳥が飛んでくのを見たそうです。近くにいた解体屋も、確かに光る鳥みたいなものを見たって証言してます」

「金色っていうのが気になるけど――からすなんかは雛を守る時、過敏になって人を襲うことがあるね。その線はないのかな」

「まずおっしゃるとおり色が食い違いますね。それに被害者の傷を見てもどうやら違うようで、鴉なら体をぶつけたり爪やくちばしで突いたりしてきそうなもんですが、二人のはそろって重いもので殴られた痕なんです。俺も直に見ましたが、あれは鴉がぶつかったぐらいじゃできませんね。や、そうだな――」


 河尻が立ち上がってつかつかとコンソールテーブルに近づき、置かれている花瓶を指差す。


「持ってみてもいいですか?」

「いいよ」

「ちょいと失礼」


 河尻が花瓶のくびれをつかんで持ち上げ、目方を確かめた。

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