血染の頸飾 拾壹
沖浪が着席するのを見てから一つ咳払いし、向井が口を開いた。
「貞峰様、お初にお目にかかります。歌川署の向井
「貞峰緒都だ。こっちは助手の在森。早速話を始めてもいいかな?」
まだ何かしゃっちょこばった文句を用意していたのだろう、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で向井がうなずいた。
「沖浪さん、この貞峰さんはあなたの疑いを晴らせるかもしれない人ですから、いつものように包み隠さず話してください」
「分かりました」
「じゃあお願いします」
緒都がうなずいた。
「初めまして、沖浪君。妹さんは気の毒だったね」
沖浪の口がぴくりと動き、とろりとしていた目に光が瞬いた。緒都は河尻から聞いた事件の経緯をもう一度沖浪に喋らせた。沖浪は嫌な顔をせず話した。河尻も注意深く聞いていたが、前に聞いた分と食い違いはないように思えた。
「それにしたって首飾りがひとりでに動く、あまつさえ人を襲うなんて、嘘にしては随分冒険じゃないか。怪奇小説の読み過ぎかと思うよ――そこらの人ならね。でも僕たちには心当たりがある。似たような話を聞いたし実際に目にしてもいる。だからもっと話してくれないか」
途中までうなずきながら聞いていた向井があんぐりと口を開ける。緒都が小さく首を傾けた。
「それにタネが尽きたら早めに言ってほしい。やっぱり嘘だったとね」
「嘘じゃない」
間髪入れず沖浪が言った。決して荒々しく喚いたわけでもないが、低く耳を打つ強い声だった。緒都はゆったりとした微笑を浮かべている。
「首飾りは満佐さんのために買ったそうだね」
「そうです」
「どこで買ったんだい?」
「露店です。赤石町の」
「家は確か夏木町だったね。そっちへは贈り物を買いに?」
「いいえ、雇い主の家から帰る途中でした。時間があったから遠回りしたんです」
「そこで綺麗な首飾りを見つけて、満佐さんにあげようと思った」
「はい」
「じゃあ、露店について詳しく教えてくれるかい?」
「水路沿いで――女学校の近くだったと思います。旅行に使うような鞄に品物を入れて見せていました」
「なるほど。店主はどんな人だった?」
緒都が喋れば緒都を見、沖浪が答えれば沖浪を見ていた河尻は、自然沖浪に目を移した。沖浪は数度瞬きをしてから言った。
「覚えていません」
「外見や、いくつぐらいなんていう印象は?」
「男か女かも分かりません。
河尻は内心首を傾げた。何やらこの朧げでもやもやとした感じは初めてではない。おそらく緒都も在森も同じはずだ。
「ああ、座っていたからかもしれないですが、背は小さかった気がします。自分よりかは年下だと思います」
「小さかったか」
緒都が少し身を乗り出した。
「声は聞いた?」
「値段を聞きましたが何も言いませんでした。値札を指差しただけです」
「分かった。じゃあ次だ。首飾りは今どこにある?」
「見当がつきませんね。窓から出て行ったので追いかけようとしたんですが、戸口に回るうちに見失いました」
「見た目は覚えているかな」
「はい。細かくはだめですが、見たら分かります」
「向井君、何か描くものはあるかい」
てっきり聞き役に徹するだけだと思っていたのか、向井が肩をびくつかせ、それから係に持って来させた。
「沖浪君、覚えている限りでいいから描いてみてほしい」
「うまくないですよ」
「気にしないよ」
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