血染の頸飾 玖

「へえ――はい、聞けば用心棒稼業の実入りがよくて、世話になってる妹に礼の一つでもってことで買ったそうで。それが妹を殺したって言うんです。刀の手入れをしてたら妹の悲鳴が聞こえる、すっ飛んでったら自分も襲われた、刀のずたぼろもその時のおかげだってわけで――首飾りが人を殺すだ襲うだってのがどういう理屈かさっぱりですよ。さっぱりなんだが嘘をついてるようにはどうしても見えない、ってことで臭うんです。そうでしょうお嬢さん」

「確かに」

「そらきた」


 河尻はパンと膝を叩いた。


「失礼、河尻巡査」


 コートの男が軽く手を挙げた。


「そのネックレス――首飾りは今どこに?」

「そこがまた不思議で、空っぽの箱と硝子か何かの小さな玉以外には見当たらない。兄に聞いたら硝子玉は首飾りについてたもんで、やり合った時に取れたんじゃないかって話です。でもって本体は自分を襲った後、宙をこうにょろにょろと行って外に逃げたってんです――ちょうど蛇みたいに。家を探しましたが確かにない、兄も埋めたり隠したりする暇なんざなかったときた」

「なるほど」

「ますます怪しい」

「まあ蛇がどうとか突飛なことばっかり言うもんだから、一緒に聞いてた連中は頭がおかしいとか言い合ってましたよ。

 ここからはその連中の見立てといきましょう。兄は家の隣町の道場に通ってましてね、元々血の気が多いというか凄みがある、おまけに腕も立つときたから道場の仲間も怖がってたそうです。これについちゃ雇い主の代議士にも話を聞きましてね、筋が良いのは認める、自分もおかげで助かったってことでしたよ。真面目に勤めてたってことでしょう。ひとまずそりゃ置いといて、そういう奴だから気でもふれようもんなら殺すのもおかしかないって考えなんですがね、まあ乱暴な話じゃないですか。妹の手の傷に関しちゃ、連中は下手人と取っ組み合ったせいだって言うんです。確かに兄には顔やら手やらに傷があるし、妹は爪に皮がひっついてた――ちょうど誰かを思いっきり引っ掻いたみたいに。悔しいがこれは辻褄が合います。だが刀を持った相手とやり合った場合、腕なんかに切り傷がつくもんでしょう。ところが妹にはそれがない」

「兄は妹の手の傷と、自分の傷に関して何か言っていた?」

「妹の方に関しちゃ、分からない、多分首飾りを死に物狂いで取っ払おうとしたんじゃないかって――自分のは首飾りに飛びかかられてやられたってことでした。こう、尖った飾りがついてるらしいんで」

「ふうん」


 緒都がたっぷり一呼吸してから頬杖をやめ、懐中時計をちらりと見た。


「行ってみようか、ありもり君。ついてきてほしい」

「ええ」

「お、今からですか」


 河尻は革張りの椅子から跳ね起きた。


「うん」

「や、ありがたい。ぜひお願いします」

「ちょうど出る格好だったしね。十一時には着くよ」

「そりゃいい。昼過ぎまでは取り調べもないはずですから。お待ちしてます。じゃ、これで」


 緒都に頭を下げて退散した。在森が見送りについてくる。


「巡査の勘は鋭いですからね。今回も当たりでしょう」

「そう思いますか」

「はい。前もこちらが気づかなかった事件を知らせてくれましたから」

「ハハ、そうでしたかね」


 玄関を出ると、芝生に降り注ぐ日光がカンとまぶしかった。目を細くする。


「こりゃ昨日より暑くなりそうだ。じゃあどうも、失礼します」

「ええ、後ほど」


 小走りに門まで行って自転車にまたがる。玄関を顧みれば恭しいお辞儀が返ってきた。帽子を取って応えてからぐいと漕ぎ出した。うたがわ署までは飛ばしても四十分は見ないといけない。

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