血染の頸飾 捌

 かわじりいち巡査がさだみね家を訪うとはつまり事が起きたということだ。自転車を門の裏につけてスタスタと玄関に向かう。呼び鈴に応じたコート姿の男は見知った顔で、用件を伝えるなりすぐに迎えてくれた。この洋館に入るのは何度目か知れないが、ハイカラの一言で片付けるのが野暮に思える豪華な調度や、身なりから振る舞いに至るまで西洋式の人々を見るにつけ、下町生まれの身がどうにもむず痒くなるのだった。


 通されたのは書架の並ぶ一室で、河尻は一人掛けの革張りの椅子に腰を下ろした。正面には重厚な執務机、その向こうの壁には巨大な絡繰時計にでも使われていそうな歯車。子供の背丈ほどありそうな大きさのものがいくつか噛み合って、静かにゆっくりと回っている。飾りではないのだといつだったか話していたのは、執務机の脇に立つ、ついさっき案内を務めた男だ。どこの国のものか分からぬ言葉を交ぜてしゃべるバタくさだが、一介の巡査にも丁寧に接してくれるのでどうにも嫌いになれない。


 その男が目を動かした先で扉が開き、一人が足早に入ってきた。


「危ない危ない、ちょうど出ようとしていたところだ」


 編み上げで軽やかに絨毯を踏み、貞峰が席についた。牡丹をあしらった銘仙の衿からブラウスのひだ飾りがのぞく。


「どうしたんだ河尻君。じゅんの途中に寄ってくれたのかい?」

「ああどうもお嬢様、ちょいと――あいや、少々気になる事件がありまして、相談したく参った次第です」

「どんな」

「殺しです。やられたのは妹、下手人はその兄」


 兄妹か、と呟いた緒都の顔が曇る。河尻はあわてて手を振った。


「やあ待ってください、あっちの署の連中がそう決めてかかってるんですが俺には臭うところがあるもんで、まず分かっていることからお伝えしましょう。二人は夏木町の長屋住まい、二親とも病気で亡くしてます。兄は代議士や百貨店の用心棒、妹は針仕事で稼いでたそうで、近所じゃ仲が良いって評判でした。事件があったのは二十五日の夜、妹は布団の上で倒れてました。隣の親子は『痛い』って叫ぶ声を聞いたそうで――首にこう、のこぎりで裂いたみたいなずたずたの傷がありました。手にも同じような傷があって、爪は欠けたり剥がれたり」


 コートの男が顔をしかめる。


「巡査が駆けつけた時、兄は妙に刃こぼれした刀を持ってました。暴れも逃げもせず署までついていったそうです。俺も一回話を聞いたんですがどうもおかしな様子で――自分のせいだって言うかと思えば、首飾りがやったとかなんとか言いましてね」

「首飾り?」


 緒都が問うた。

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