血染の頸飾 漆
小箱から首飾りが消えている。
沖浪は目だけを動かして刀を見た。一歩で取れる位置にある。明かりを受けて刃紋が揺らめいている。手を伸ばすと同時に、視界の端で何かが光った。
直感が体を動かした。飛び来たものを弾き返すように沖浪は刀を振った。耳障りな音が鳴り、背骨をギリギリと掻かれるような感触が腕を伝う。つかんだ勢いのまま振り抜いて箪笥や柱に当たらなかったのが幸運だった。刀を構え、沖浪は眉根を寄せた。刃がこぼれている。
(鉄か)
狭い上に整えられた部屋だから身を隠せる場所はない。外へ逃げるにも窓には格子、戸口へは沖浪が押っ取り刀で駆けつけた道を通らねばならず、鉢合わせしない道理がない。
全身を凝らすように気配を探る。相手の息づかい、にじる足音の一つも聞こえない――否、耳にかすかに届くものがある。まるで何かが畳の上を這いずるような。
(蛇? 違う、まるで鎖――)
振り向きざまに刀を突き出す。鉄が鉄を噛む音、次いで頬に痛みが走る。指先で確かめてみれば、傷が幾筋かできている。汗ばむ手で柄を握り直した。何かがいる。人ではない、おそらく獣でもない何か。
ざら、と再び音がする。今度ははっきりと、まるで手を打ち鳴らして鬼の気を引くように。果たして沖浪は箪笥の前にとぐろを巻くものを認めた。血にまみれた首飾りだった。鎌首をもたげるように一端がすうと持ち上がり、首飾りが宙を駆けた。沖浪はとっさに小さく刀を振ったが先のように弾き飛ばした感触がない。見れば首飾りが血を滴らせながら、刃の中ほどに蔓のごとく巻きついている。首飾りが締めつける。刃が悲鳴のように嫌な音を立てる。
「この」
沖浪は左手の拳骨を峰に振り下ろした。葉の棘が手に食い込む。かまわず数度打つ。首飾りがするりと刃を離れ、沖浪の手や顔に取りついた。沖浪は遮二無二つかんで箪笥に叩きつけた。首飾りは力なく畳に落ちたかと思うと、身をくねらせて一刀を逃れ、そのまま中空をすべって格子の隙間から外へ出た。
「待て」
沖浪は戸口から裸足のまま飛び出した。暗い路地を睨むように探し、軒の陰を仰ぎ、喚きながら草むらを踏みしだくが見当たらない。遠巻きにざわめくまばらな人垣、その向こうからやって来る巡査に気づいたのは、荒い息がおさまった後だった。
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