血染の頸飾 陸

 八田は会う仲間会う仲間に「この青年は本当に腕が立つ」と沖浪を紹介し、件の夜について少しばかり脚色して語った。自分のひ弱な体たらくをごまかすことも無論忘れなかった。沖浪の仕事といえばいつもの警護に、八田の紹介にあずかった時に愛想よくあいさつするというのが加わった。そろそろまた悶着の一つや二つ起きれば暇をしのげると考えていたが、いくらか給金が増えたこともあって文句を垂れるはずもなかった。満佐に口をすべらせたところ大いに目くじらを立てられた。


 その満佐は丸坂行きが決まってから少し浮ついたような様子だったが、いざ前日になると心なしか顔をこわばらせて、久々に引っぱり出した一張羅を見つめている。


「どうして鬼の住処に乗り込むような顔をしてる」

「え?」


 満佐は困ったように眉尻を下げたまま自分の頬に触れた。


「そうですか?」

「うん。行きたいんだろう、違うのかい」

「ええ、それは間違いありませんけど」

「せっかく行くのにぼんやりしたまま終わるのはもったいないよ」

「そうですね。今日は休みます」


 部屋に引っ込む満佐の背中を見送った後、沖浪は刀を取って手入れを始めた。途中、自分の着ていくものを何も考えていないことに気づいた。


(こないだの店の客はどんななりだったろう)


 打ち粉を振りながら考えるが、興味のないものをいくら思い出そうとしても詮ないことだった。


(変にかしこまったら二人揃って七五三みたいになるだろうか。朝一番に満佐に見計らってもらおう)


 ちらと満佐のいる部屋の方を見る。ごそごそと小さな物音がしている。落ち着かないのを持て余して縫い物に勤しんでいるのだろうと思ったが、そのうち足を踏み鳴らすような妙な音が鳴りはじめた。


(なんだ)


 もう一度刀から視線を外すのと、大声のするのが同時だった。


「痛」


 指を刺したぐらいで出すような悲鳴ではなかった。沖浪は腰を浮かした。


「痛、いた――」

「満佐」


 抜き身を置かぬまま短い廊下を突っ切り、襖を開け放った。部屋は暗く、明かりをつけると横になった満佐の姿があった。はだけた裾から白いすねが伸びていて、蹴散らされた掛け布団が箪笥にぶつかって崩折れている。血に濡れた両手は首元を掻きむしるような格好のまま動かない。その血の源はといえば、首に一回り刻まれた、切られたとも裂かれたともつかない傷なのだった。


「満佐!」


 沖浪は刀を放り出して満佐の体を起こした。繰り返し名を呼んで揺さぶる。傷から血が湧き出しては二人の着物に吸われていくだけだった。青ざめた唇に手をかざし、真っ赤な首筋に指を当ててから、沖浪は満佐の骸を横たえた。苦しげに歪んだ顔を呆然とながめ、ふと、枕元に転がる小さな箱に目がとまった。首飾りの箱だった。


 中身がない。

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