血染の頸飾 伍
「これ」
まずは金封を出した。
「どうされたんですか」
「先生から頂いたよ。昨日の褒美だ」
「八田さんとおっしゃるんですか?」
満佐が太い割に小さな字でしたためられた名前を読んだ。
「そう」
「お開けになってください」
「僕はもう見たよ。そこの分は蓄えなり食い扶持なりなんにでもしてくれ」
「そうですか」
満佐はそっと金封を開けて中身を抜き出し、小さく息をのんだ。丁寧に一枚ずつ数え、もう一度数えてから口を手に当てた。
「五十哉お兄様」
「うん」
「こんなに」
「あの先生だから入れ間違いはないと思うよ」
満佐は畳に手をつき、「本当にお疲れ様です」と言って深々と頭を下げた。
(僕が言おうとしていたことを)
沖浪は先を越された気がして恥ずかしくなった。しかし思い直して、金封を位牌の前に置こうとする満佐を呼び止めた。
「もう一つある」
「もう一つ?」
「お前に」
沖浪は懐から箱を出し、開けるよう促した。満佐の手が箱に伸びるのをながめながら、なぜか、粗悪なものをつかまされたのではないかという疑問が頭に浮かんだ。
(どこかがゆるんで切れるだろうか。動いた拍子に粒がぽろぽろ取れるかもしれない。そんなことなら本当に巡査に突き出してやろう)
蓋を取り払って一呼吸の間、満佐は箱の中を見たまま身じろぎもしなかった。そしてやっとのことで兄の顔へ目を上げた。
「僕も全く同じことを言いたかったんだよ。家のことをこなす上に稼いでまでくれるんだから、頭が上がらないのは僕の方だ」
「よろしいのでしょうか」
満佐の白い顔に赤みが差した。
「いいよ。つけてごらんよ」
満佐が慎重に首飾りをつまみ上げ、手間取りながら留め金を外して身につけた。
「これでよいでしょうか」
「うん」
確証がないものの沖浪はうなずいた。満佐は鏡台に向かって具合を確かめた後、つける時と同じく慣れない手つきで首飾りを外した。
「お兄様」
「うん」
「私がこんな上等なものを頂けるようなはたらきをしているか、自分のことは分かりません。ですが、お兄様がそうだとおっしゃるなら、そうだと認めてくださるなら、少し胸を張ってもいいような心地がしています」
「そうだよ。満佐はえらい、よくやってくれている」
「では」
満佐が露を帯びたように光る目を少し伏せた。
「こんな上等なものを頂きながらお願いをするのは厚かましいのですが――いえ、頂いたからこそお願いしたいことがあるのです」
「なんだい」
「私、
丸坂、と沖浪は繰り返した。
(何度か雇われた店がそんな名前だった。いや、近くの商売敵だったかもしれない。全部似たような名前だから分からない)
「今まではとても近づけませんでしたが、これをつければ気後れなんてきっとしません。何も買いません、ただ見るだけで充分です。余計なお金も持っては行きません。ついてきてくださりますか?」
「分かった。次の日曜は何もないからその日でいいかい?」
「はい」
満佐が顔をほころばせ、沖浪はうなずいた。それから久々に稽古道具を担いで道場に行った。
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