鑑定3 隠者の絵筆

第十一話 碧は失せ物を探す

 当たり前だが、碧は鑑定料を受け取る。

 見料というやつである。


 おおむね街の占い師は見料の相場が十分で千円、だいたい三十分の鑑定で二千円から三千円というところだろうか、ただこれは本当に言い値のようなもので、名の売れた占師せんしなら一回の鑑定で数万、下手すれば数十万なんて話もいくらでもあるし、逆に出端ではなで鑑定相手を欲しがっている新人あるいはセミプロなら修行も兼ねてワンコイン、一回五百円の鑑定なんてこともある。

 ネットが普及してからは無料掲示板などで鑑定の練習をする駆け出しの占い師もいるが、やがては見料を取るようになる。

 碧もカードを繰るようになってから速やかに見料を取るよう母親が移行させた。一番の原因は中学の頃に起こした〝事件〟のせいだが、きっちり代金をもらって占う方が読みにも責任ができるからだ。

 事実、鑑定料を取るようになって碧のリーディングの幅も広がった。

 中学の頃と比べれば、ずいぶん読みも達者にはなったのだが。

 相変わらず苦手な分野もあるには、ある。


 話を戻せば、碧は鑑定料を受け取る。

 だが今でも時折、相手を無料で鑑定することもある。

 理由はさまざまだ。



関野せきのっー。お客さん」


 昼休みの教室で、廊下側から碧に声が飛ぶ。

 先に顔を上げたのは碧ではなく、その前の席で相変わらずスマホをにゃあにゃあ言わせていた八津坂と、隣で覗き込んでいた夢美ゆみだ。

 彼に友人など珍しいからだ。

 画面をなぞる指を停めて、窓の外から振り向いた碧を見て。

 そして彼に習って廊下に目をやると。

 窓からこちらを見ている、その細身で軽い天パーのかかった男子生徒の顔に八津坂は見覚えがない。

 また碧に目を戻せば、頰を軽く掻きながら席を立ってちょっと手を振って、呼ばれた側に歩いていくのだ。

 まあ、それだけのことなので、またいつものごとく立て膝でスマホに意識を戻そうとする八津坂の脇から。

「男子でよかった?」

「——は?」「にゃあ」

 夢美ゆみが余計なことを言う。スマホからも『にゃあ』と聞こえた。



 二人で廊下を歩きながら先に声をかけたのは碧だ。

「珍しいじゃん。作品増えた?」

「それがさあ」

 天パーが悩ましい顔をした。

 あ、これはいつものパターンだと碧が警戒して。

「学校には持って来てないからね」

 立ち止まって廊下の窓に背を預ける。

 細身の彼が軽く拝むように。

「帰ってからでいいからさ、ごめん」

「まあ、いいけど。何を観るの?」


 彼、六組の三田みた正利まさとしは、数少ない碧の学友の一人で且つ碧の〝放課後の顔〟を知っている人間だ。

 なぜ彼がそれを知っているかと言うと、碧も逆に三田の〝学外の顔〟を知っているからだ。


 生活指導室で近藤先生と話す際に、ばったりと出会ったのがきっかけだ。

 彼も碧と同じく学校には届け出た上で、高校生として稼ぎがある。

 ただ彼の場合は、そんなに本格的に働いているわけではない。

 時折頼まれる仕事をこなしているだけだ。

 三田はフリーのイラストレーターだった。

 もっぱら道具はデジタルだが、その水彩っぽい塗りは碧も昔から好きで、特に三田の描くなんでもない街角の風景画はほおっと見惚れるほどお気に入りだ。

 碧は絵に詳しいわけではないが、水彩っていうのは薄く滲ませて透明感を出して塗っていくものと昔から思っていたのに、三田の絵は全然違った。

 正しく色が置いてあるというのだろうか。

 時には点で、無造作に線で。かたまりで。

 色のブロックの掛け合わせが葉になり木になり森になる。藪になる。民家の屋根瓦になる。道端の石垣になって。

 薄くさっと滲ませた水の跡が正しく電柱の影だったりするのだ。

 技巧なのか感性の為せるわざなのか見当もつかないが、三田の絵を時間を気にせず見ていられるほど碧は好きだった。


 そんな彼はたまに雑誌の埋め草がわりにちょっとしたイラストを頼まれることがあって、時には地元紙のカットで彼のイラストにお目にかかることもある。

 変な話なのだが、そういう時は知り合いなのでちょっと嬉しい。

 まあそれもたいした金額ではないらしいので、碧は鑑定の際に代金は取らない。

 代わりに約束していることがあった。

 いつか碧は自分でオリジナルのカードが作りたいのだ。

 その時は、彼に手伝ってもらう約束を取り付けていた。


「で、何を観るの? また将来の進路?」

「いや、ちょっと急ぎ」「へ?」

「ペンくしちゃってさ」

「ペン?」「うん」

 ちょっと碧が困った顔をする。

「失せ物かあ……あんま得意じゃないんだけど」

 自分の使うタロットよりは道玄さんの易の方がいいよなあと思いながらも。

「新しいの買うとか?」

「高いんだぜ」

「そうなの? ペンでしょ?」

「一万」「高ッ」

「……まではしないけど、そんくらい」

「絵の道具って高いんだなあ」

「親にも言えなくてさ、立て替えてもらったお金、返してる最中だから」

「え? 何か借金してるの?」

「液タブ。どうしてもいいのが欲しくて。二十万くらい」

 はあああと大げさにため息をつく碧に、もう一度拝んで三田が言う。

「なんとか。な。碧の鑑定で見つからなきゃ諦めもつくからさ」

「いいけど……ペンでしょ? そんな持ち歩くもの?」

「いや絶対、外には持って出ない。液タブないと役に立たないもん」

「えええ、だったら部屋にあるんじゃん」

「それがないから。困ってるんだってば」

 ふわふわした髪を揺らしてもう一回、三田が拝んだ。


 結局、碧は鑑定を受けることにはしたが。

 正直失せ物には自信がない。

「まあ。やるだけやってみるけど。それで絵が止まっちゃってるの?」

「うん……最近そっちも悩んでてさ」

「絵に?」「うん、ううん。そうだなあ」

 なんだか急に、三田の歯切れが悪くなる。

 下から彼の顔を覗き込む碧に。

 ごそごそ三田がスマホを取り出して。

「新作、見る?」

「え。見る見る。どんなの?」

 二人、廊下の窓際で。長身の三田が少し屈んで。

 しゃっしゃっと画面をスライドさせていく。

 知っている数点の絵のあと。

「おおおっ」

 思わず碧が声を出す。新作だ。

 スマホの小さな画面で見る三田の絵は、一段と、ぎゅっと凝縮されたようで。

 夢で見る風景のような。

 写真とはまた違う、記憶の底が知ってるリアリティーを目の前に描き示された嬉しさとでもいうのだろうか、思わず。

「これだよおっ」「ははは」

 どんな褒め言葉なんだと三田が照れ笑いして。だが。

 スライドする指が少し躊躇する。


「どしたの?」

「誰にも言うなよ?」

 次の絵は。えっ、と。碧が目を丸くする。

 女性のポートレートだったからだ。

 というより、これは。

「漫画……アニメ絵?」

 塗りの基調はやや変わっている。

 服装はブレザーの女子高生で、髪型や目鼻の描き方がアニメのそれだ。

 元々が三田なので、さすがに上手い。

 だが手足が少しぎこちない。胸がでかい。

「ふうん……」

 碧が指を伸ばして次を見る。

 また似たような女子の絵だ。

 今度は風景付きだ。背景は海岸線だろうか。

 着せている服はなんだか、取ってつけたようだ。

 スカートが短い。そして胸がでかい。

「んんん?……」

 まためくる。次も女子だ。胸が。

「いやちょっとッ」

「しーッ。しーッ」

 思わず声を上げる碧を三田が制して。

「声でかいって」

「いや。だって。いいけど。いいんだけど。どしたの三田これ何があったの?」

「下手かなあ」

「下手じゃないけど。そう言うことじゃなくて。スカート短い。あと胸がみんな」

「しーッ。しーッ」

 また声のトーンが上がる碧に。

「……いろいろアドバイス受けててさ」

「誰に?」「まあ、いろいろ」

 怪訝な顔を碧が隠さない。スマホをとんとん叩きながら。

「占うべきはこっちなんじゃないの? ねえ。来なよ」

「お、おいってば」

 背の低い碧が三田を引っ張る。

 困った時の駐輪場だ。



 帰ってこない碧の席には思凜ことりが座っている。

 ぴこぴこスマホを弄る八津坂を両側から二人で見て。

 夢美が言う。

「帰ってきませんねえ」

「そだね」

 また夢美が。

「妬いてる?」

「——は?」「にゃああっ」

 余計なことを言うのだ。スマホからも『にゃあ』と聞こえた。

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