第十二話 奇妙な相手が催促をする
三田様
お世話になります、甲本です。
かなり前回のサンプルより時間が経っています。
描かないつもりでしょうか?
拘りがあるのかも知れませんが、周りに迷惑がかかります。
もしやる気が無いなら早めにお知らせ下さい。
これは貴方が受けた案件ですよ。
日程の変更もコーダーにはこれ以上言えません。
曲げるよう頼むのは現場の私どもです。
せめて期日だけでも伝えるのが礼儀とは思いませんか?
今後も世間を斜めに見て絵を描いていくなら、
このメールも一旦バラシで構いませんが。
マッチランサー 甲本
うわあ。めっちゃ怒ってる、と。
三田のスマホを読む碧がむしろ冷や汗をかく。
今日の昼休みも駐輪場にはぽつぽつと生徒がいて、互いに誰ともなく距離をとって話したり電話をしたりしている。
もうこの時間のこの場所は学校黙認の〝屋外談話室〟とでも言うのだろうか、ただオフレコだが生徒指導の近藤曰く、一応用務員のじいさんもいるが昼休みの駐輪場に数人でも生徒がいるのは外からのイタズラや盗難防止には有難いらしい。
碧と三田も他の生徒から離れて二人固まって話す。
駐輪場の雨よけは生徒たちにとっては日よけだ。
鉄の支柱にはサドルに勝手に座るなとの張り紙がしてあった。
「まずいよ焦げ付いてるじゃん」
呆れてスマホから顔を上げる碧に、だが三田は慌てて。
「焦げてない焦げてないって」
「なんで。これ以上納期伸ばせないって書いてるし」
「いや。聞いて。マジで変なんだってココ」
意味がわからない。碧が首をかしげる。
——三田の話は、こうだ。
彼も絵を趣味にする人に違わず細々とではあるがネットのSNSで自分の作品、とは言っても習作の類だが、アップしていた。
そこにDMが飛んできたのだ。
読めばどうやらフリーの絵描きをプロデュースする会社らしい。
仕事を見つけてマッチングし、本人が慣れない契約ごとや金額交渉の表に立ってくれる会社という説明だった。
ただ、三田はさすがにそこまでごりごり仕事を取って本腰を入れるにはまだ高校生だし、自分の作風がそんなに需要もないのを自覚していたので、一度は流したのだが。
次に来たDMが。
「売れる〝ソシャゲ絵〟の描き方教えますとかさ、書いててさ」
「ソシャゲ絵……」
「いや。勘違いするなよ。そっち方面に進もうって気持ちはないんだ。ないけど。描いてみたいけど。フォロー爆速で増えるし……そんなことよりさ、なんだかその時のDMだけやたら俺の画風を推しててさ」
「え? そうなの」
うんうんと激しく三田が頷いて。
「そのタッチで絵師になったら売れるって。間違いないって。だから何度かお題をもらってさ。結構まともな批評が来るんだよ〝あざとくない女の子を描くのはまだ覚悟が足りない証拠〟とか〝胸は二つの意味でマスト〟とか」
「まともなのソレ? わかんない。スカートは?」
「差分」「差分?」
「必ず露出の高い服は別に着せて描けって」
うーんと。髪をばりばり掻きながら碧が悩んで。
「まあその辺は僕は判断できないや。でも納期って書いてるじゃん。怒ってるじゃん。これナニ?」
「だから。絵のやり取りはしてたけど仕事受けた覚え、ないんだって」
「え、そうなの?」「そう」
それは確かにおかしい。三田が続ける。
「途中から急にDMの調子が変わってさ。とにかく急げ急げって。文章もキレてんだこんな感じで。ひどくね? ここまで言われる筋合い、ないんだけど。俺、別にカッコつけて今の画風でやってんじゃないよ?」
腹に据えかねてたんだろうか。
今度は三田の声が大きくなるので。
「わかったって。わかってるって。何か、お間違えじゃないですかって、返したの?」
そこは首を振るのだ。
「絵、遅れてるの事実だし」「ああ」
碧が例のペンの件を思い出した。
一番の疑問を三田に聞く。
「でもさ。正直ブロックしちゃえばいいんじゃないの? 契約もしてないんでしょ? 何も都合悪いことないじゃん。こんなDMもらわなくて済むのに」
「……うーん……」
急に三田のトーンが落ちる。
「ここで甲本さんブロックするのもなあ。最初の頃に、結構、刺さったんだ」
「なにが?」
「〝この美しい風景画で食べていく将来のプランをお持ちなんですか?〟って」
かちんと。今度はむしろ碧が。
「……大きなお世話じゃん。なにその嫌味」
「いやだってさあ。いっつも悩んでることだし」
「そんなねえ。よく知りもしないのに相手の将来をとやかく言う奴なんて——ぐっ」
ええ? って顔をして三田が見ている。
碧が慌てて。
「いや。だから。だってそんな先のことなんてどう変わるかわからない——あああ、いやいや」
沼にはまる。
だから開き直って。顔を赤らめて指をさす。
「俺のカードは別なんだッ」
「知ってる知ってる。それでいいって」
「ちっくしょお。観てやる」「へ?」
「こいつ腹たった。占ってやるっ」
「いや。ペンが先。頼むよ? ペン」
「わかってるよッ」
珍しく碧が怒る。さまにはならないが。
◆◇◆
いつもの放課後。
いつもの更衣室、事務机に座って。
すでに着替えた碧が上のジャケットだけ脱いで袖を捲って。
今日の鑑定は一通り終わった、現在二十時前だ。
母親には少し帰りが遅くなると連絡済みだ。
万全だ。
「よしっ」
気合を入れてカードをシャッフルする。
78枚のフルデッキ。
一気にまとめて数回カットする。
こういう時に。躊躇したらいけない。
ぴしりと一枚テーブルに伏せた。
例の甲本さんとかいう正体不明のDM先だ。
何を考えているのかわからない、本気で指導してるつもりなのか、それとも何か企んでいるのか? 出たカードは。
剣9
「うん?」
壁にかかった九本の、剣の下の寝床で男が悩んでいるカードだ。
眠れないほどの不安。そう意味を取ることが多い。
微妙にわかるようなわからないような。
いつまでも三田が絵を送らないから眠れないほど困っているのか? それもおかしい。
そもそも三田はこの会社と契約さえ——
「あ。またやらかすとこだった」
会社全体のカードを出していない。一枚引いて。
皇帝 逆位置
「げえ……」
〝暴君の無理難題に押しつぶされ安らかな眠りも奪われる〟
では、ひょっとして。
「この人、無理やりあのDMやらされている?」
——途中から急にDMの調子が変わってさ——
碧がスマホを取り出して。ぽちぽちと三田に送る。
『昼休みに見たDM送って』
しばらくして。
その文面が届いて。ついでに。
『✒️もね』
『👍』
そうだ。ペンもある。ペンを引こう。
今日は道玄さんが二十一時で上がるはずだ。
いざとなったら意見を聞こう。などと思いつつ。
いよいよ失せ物だ。ペンのカードは。
隠者
「えええええ……」
誰もいない部屋に碧の声が響く。
隠者はわかってるんだって。隠れてるんだって。
それがどこにあるかわかんないから困ってるんじゃん。
ぎいと椅子にもたれて。ぎいぎいと漕いで。
やっぱタロットで失せ物は苦手だなあ、と。
考えていてもしょうがない。ばっと身を起こして。
「補助、出そっ」
補助カードはワンオラクルの読みで意味が取れない時に追加で引くカードだ。
ただし一枚きりと碧はルールを決めていた。
何枚も引けばいよいよ意味が濁ってくるからだ。
たし。と。伏せたカードを一枚。少し斜めに。
愚者
隠者
「えええええええええ」
もうわけわかんない。
愚か者と隠れた賢者。
これがペンの所在の何を語っているのか。
◆
「あれ? まだいたのか」
ぎーぎー椅子を漕いだ碧が首をひねって道玄を見る。
易者の道玄はいつもの濃紺の作務衣だ。
これが普段着なので特に着替えることもなく、そのまま帰るのが常なのだが、どうやら碧の顔を見てピンときたらしい。
「俺はカードは読めんよ?」
「ですよねえ」
「悩んでるのか? めずらしいなあ碧くんが」
関心がありそうに、道玄がテーブルのカードを見て。
「隠者と愚者ね。悩んでるってことは時期読み?」
「いえ。場所読み」
「失せ物?」「はい」
うーんと。道玄が顎を搔く。
「タロットは基本が意味読みだからなあ……これ愚者が補助?」
「です。わかります?」
「思った通り言っていいか? 隠者を愚者が旅に連れて行ったように見える」
道玄の言葉に。碧がぽかんとして。
「えっと」「おかしいか?」
「いえ、おかしくはないけど。連れていくって、どこに?」
「違うぞ碧くん。カードは意味読みが基本なんだろ。だったら〝どこに〟じゃなくって〝どうして〟だろ? 聞くべきは。この隠者は誰?」
「ええっと……ペンです」
「ペン?」
「はい。絵描きさんのペン」
「じゃあ、その持ち主から隠れたがってたペンを愚者が連れ出したんだ」
「隠れたがってた……ペンが?」
「隠者だろ? 俺はよく知らないが隠者は魔術師と違うんだろ?」
門外漢といえど道玄は多少は他の占術にも明るい。
そうだ。言われて碧が意味を取る。
魔術師は外に、前に出て、その知識と技術を公に使ってみせるカード。
対して隠者は。その知識と技術を隠して。内に一旦秘めて。
「何が大切かを考え直すカード……」
「その持ち主にとって何が大切か、彼自身が迷っているんじゃないのか? そこに答えが見つからない限り、そのペンは隠れたまま出てこないぜ碧くん。逆に迷いが抜ける時にすぐに見つかる」
ぶるっと震えた碧に畏怖の鳥肌が立つ。
まさに三田の現状。
なんと横で一見しただけの道玄が。
隠者一枚を読み切ったのだ。
「何か持ち主、悩んでないか? そっちを解くのが先だと思うが」
「あ。あ。あの」「うん」
ばたばたと。
碧がスマホを弄ってWi-Fiで飛ばす先は机上のプリンタだ。
がしゃがしゃと音がして。例のDMがプリントされる。
「ちょっと見て欲しいんですけど」
◆◇◆
「なんだ。もう
「食べてますよもう九時前ですよ」
まあそうか、と。夕食の脇に置いてあったビールの缶を風呂上がりの勇三が開ける。三田勇三は正利の父親で地元の商社の総合職だ。
最近、息子と話してないなあ、とは思うこともあるが晩酌を引っ掛けてしまえば歳のせいかすぐ眠くなる。
親バカなので正利の描く絵は好きだ。
絵の良さは今ひとつ分からないがスマホに大事にしまってあるのだ。
「……うーん?」
「どうしました? 早く食べてくださいね」
「ああ。なんか最近忘れっぽくてなあ」
その絵のことで。
何か正利に話したかったはずなのだが。
もう飲んでしまった。風呂にも入った。
明日でいいか、と。
じつはこの仕事でくたびれた勇三が。
すっかり忘れてしまったのは。
会社で開いた自分のカバンに紛れ込んでいるのを見つけた〝異様にでかいペン〟のことなのだ。
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