第十話 光るカードが連鎖する
主任の磯川が語り始めた内容に、神崎の疲れた脳が揺さぶられる。
〝営業所閉鎖〟の話だったのだ。
「……なくなるんですか? ここが?」
「まだ確定じゃないがな。本社ではほぼ通っている話だ。近隣の県含めて営業所は整理する。七ヶ所ほどまとめて閉鎖する予定だ。今後の受注はWEB対応がメインになるな」
「それで、俺たちは?」
「支社付になるさ、一応栄転だろ。引っ越しは補助が出る。単身赴任でも構わん……それともここに残って独立の件、進めるか?」
その細い目が覗くようで。
ああ、と。すぐに神崎が理解した。
「ご存知なんですね?」
「ついさっきだ。電話があった。お前もなあ神崎、
磯川がぐっと身を乗り出して。
「絶対に成功しないからな」
「またそんな頭っから主任は」
無理に呆れたような顔で虚勢を張る神崎に、こちらは本当の呆れ顔なのかもしれない磯川が言う。
「受発注システムをWEB上で規格統一したいってのはクライアントが言ってることだ。柘坂さんだけじゃない、これからの流れだ。新参が横から抜いていくならニッチな商品になるぞ、その上がりだけでやっていけるのか? ウチでさえ採算が合わないって営業所閉じる判断したってのに、何人雇うつもりだ?」
「……三人です」
「自分以外でか? 顔見知りか?」
「はい」
「無理だな。固定費ですぐ行き詰まる。やるなら一人でやれ。痛手が少ない。給与の不払いなんて揉めるぞ? これまでの関係を台無しにするな」
「いやなんで主任そんな最初っから失敗って決めてかかるんすか? ちょっとバカにしすぎじゃないですかね?」
さすがにむっときて反論する神崎に、しかし。
ぎろりと。磯川の視線が一段と強い。
「お前の考えが真っ当じゃないからだ」
「は? どこが?」
「受発注のIT化なんて本当はお前ら若手から提案上がってこなきゃいけないんじゃないのか? なんで俺みたいな年寄りが言って聞かせないといけない? そんなの理由は一つしかないじゃないか。デスクワーク苦手だからだろお前が。キーボード打つのもパソコンの扱いも苦手なんだろ? 営業は足で稼ぐんだとか、機動力だのなんだのって、本音はITやらシステム導入の技術的なストレスについていけてないだけだろうが。ExcelでA4印刷もろくにできないじゃないかお前?」
「ぐっ……」
「そんな自分の得手不得手を無自覚に勘定に入れて先のこと考えていれば目が曇るに決まってる。できるできる大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせて突っ走ってるだけだ。ただの暴走だ。なんの根拠もない。それならそれでもいいさ、そうやってがむしゃらに頑張って成功するやつだっているからな。でもそういうやつってのはだいたいフリーでバイヤーやってるんだ。一人起業なんだよ。数人連れてそれでやれたやつなんて、俺は見たことはないね」
磯川が前のめりの身体を起こして。
「どうしてもってんならバリバリ打てる事務員さんでもパートで雇うんだな。その方が現実的で効率的だ」
一気に話した磯川が、そこで言葉を区切った。
神崎は何も言い返せない。
壁の安物の、掛時計の秒針の音が、かすかに事務所に響くだけだ。
「——じゃあ、俺はどうすればいいんですか? このまま黙って支社に行けと?」
「なあ。……受注がシステム化して営業所なくなったって、どっちにしろ顧客回って顔出しする人間は要るんだよ。そこのところだけは、お前は間違っちゃいない」
磯川が神崎の目を見て言う。
ずっと。言いそびれていたことだ。
「お前、SVやれよ」「は?」
「エリアマネージャーやれ。SVの主任やってみろ。各県飛び回って顧客管理しろ。これまでより商圏は広いぞ、出張も増える」
顔を上げる神崎に。数度、磯川が頷いて。
「俺が推薦する。そのつもりだった」
急な提案に呆然とする神崎は、やはり言葉が出ないので。
「経験を積め。それからでも遅くないだろ、独立なんて」
初めて。磯川が少し笑ったのだ。
◆
わっ。と。
驚く碧の前のテーブルで。
光る剣のペイジに手を触れて正位置に戻してわずかの後に。
今度は神崎のカードが光り始めたのだ。
連鎖だ。
これまで、何度かしか見たことがない。
しばし碧が考えて。
聖杯の女王は逆位置なら単に〝溺れて流される女王〟だ。
そのままでいるよりは。
碧がまた手を伸ばして。
〝女王は使者の言葉を正しく受け入れて〟——
◆◇◆
結局それから、横山が碧の元に現れることはなかった。
光るカードに触れたので、きっと何かがあったんだろうとは思うが、碧は特に気にかかる風でもない。
神崎先輩には頑張ってもらいたい。
他の人はぶっちゃけ、どう転ぼうが知らない。
暴走とはいえ矢面に立った先輩の後ろから付いて行っただけの話だ、何が起こってもそこは自己責任だよね、と。ただ。
横山に限って言えば、少し気の毒かなあと。
最終的にどんな落とし所を考えてたのか知らないが、彼は彼なりに懸命に調べ物にも奔走していたし、本気で新しい会社を切り盛りする腹で動いていたのは間違い無いのだろう。
だからなおさら腑に落ちない。
どこで狂ってしまったのか?
そもそも税理士や会計士の助言ならともかく碧は街の占い師で。
しかも高校生なのだ。
その彼の鑑定結果を根拠にしてよくあそこまで強気で仕掛けていけたなあ、と。
元々、横山にも暴走気質ってのがあったのだろうか?
「まあ、もうどっちでもいいんだけどねえ」
「え? そうなんです?」
「そうよ。別れちゃったし」
でた。これで三人目だ。
今日は久しぶりに亜由美さんが一人で来た。
特に鑑定の用ではなく、彼の件の事後報告を律儀にしにきたのだ。
案の定、別れていた。
特に興味もなさそうな顔で亜由美が言う。
「なんだかね、営業のみんなして外回りの部隊、エスブイっていうの? そういうのやってるんだって。会社立ち上げるのやめて支社に今でも勤めてるらしいわあ、まあ、拍子抜けよねえ。独立考えてた頃の彼、キラキラしてたのにさあ」
「独立は独立で、苦労するんだと思いますよ」
「あらそんなのわかってるわよ。あたししっかり支えるもん、そのつもりでいたのに夢を追わないなんて残念よねえ……なんでこんなに、男運ないのかなあ」
鑑定テーブルに頬杖をついて。
「あたしって尽くすタイプなんだけどなあ」
退屈そうにため息を吐く亜由美の髪がふわふわ揺れる。
そんな彼女を見ながら、ふと。
「じゃあまた連れてくるねえ」
「そんなひょいひょい連れてこなくていいですから」
うふふと軽く笑って席を立って。
お店を出て行く彼女の後ろ姿に、ふと。
碧が気になって。何の気なしに。
テーブルの脇に置いた束から一枚。
別に見る必要もない彼女のカードを表に返して。
「——うわあ……こんなとこに」
尽くしているのか。
けしかけているのか。
狂わす女が悪いのか。
狂う男が悪いのか。
出たカードは。
「——〝悪魔〟みっけ」
彼女の背中に両手を向けて。
びっと碧が指をさす。
——鑑定2 無自覚な悪魔 了——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます