鑑定2 無自覚な悪魔
第七話 二枚の騎士が仲違いをする
近いと落ち着かない。碧が思う。
決して嫌ではないんだが。
不幸な海江田から奪取した席に移った八津坂は、いつもの格好で背中を窓のサッシに預けたまま立て膝でスマホを弄っている。
外をぼんやりと見る
だから時折、頬杖の位置が変わる。
首が寝たり起きたりする。
そんな事をしていれば、たまにちらとこちらを見る八津坂と目があったりもするので。
ばつがわるそうに碧が言う。
「……なに?」
「いやむしろナニ? さっきから頭動かして」
「位置が合わなくて」「変なの」
「いっつもそれ、なにやってんの?」
「ニャンコマ」「ああ」
色違いの猫を合わせる落ちゲーだ。
女子の間で流行っている事くらいは碧も知っている。
消すと猫が『にゃあにゃあ』言うのがウケているらしい。
碧が頬杖をついたまま横目で、器用にぴこぴこ両手で操作している八津坂の画面を覗き込む。
「……左。青」「うん」
にゃあ にゃあ
「ほら。きた。黄色」
「わかってるって」
にゃにゃにゃ にゃあ
「そっちの端もっと右」
にゃっ
「うるさいっ。逃げたじゃんっ」
猫が横に逃げて連鎖しない。ちょっかい入れると慌て出す八津坂が面白い。つい頬杖がいつもと逆になって。
「詰まってる詰まってるって」
「あーもおっ。見んなしっ」
びっ。と。スマホを碧から離した八津坂がみいいいっと顔をしかめてみせて。
ぷいっと背を向けて、またぽちぽちし始める。
斜めにサッシに丸まった彼女の背中が、むしろふてくされた猫みたいだから。
ちょっと笑った碧がまたいつもの通り窓の外を見る。
「は、入りづらい……」
そんな二人の様子を遠巻きに。
ぷるぷる握った手を胸元で震わせた夢美が思凜を見て。
「できあがってない? ね。できあがってるよね?」
「なにが」「あのふたり」
「よしお前突っ込んでこい」「えええええ」
たたたたーっと
「ふたりの世界ぃぃ」
「きゃあっ」「はあッ?」
飛びつかれて仰天した八津坂のスマホから『ぶー』と聞こえたのはゲームオーバーの音らしい。
離れた場所からわちゃわちゃしている八津坂と夢美を、その後ろで呆れる碧を見ながら。
あいつ。意外だなあ。と。
なんだか
がつがつでもなく。おどおどでもなく。
ずいぶんと女子の扱いに手馴れているように、
◆◇◆
〝占い館カミセ〟の鑑定フロアはアーケード通りから神瀬ビル一階の入り口廊下をずっと歩いた突き当たりにあって、微妙に怪しげなガラス扉を開ければ両側の棚に鮮やかだが埃を被ったストーン類と一般の書店では見かけないような古書が並んで、さらにその奥へと進めば四つほどの鑑定ボックスが仕切られている。
ボックスの中にはテーブルがあって占い師とお客が向かい合って座れる椅子が対面にあるが、それとは別にもう一脚、折りたたみのパイプ椅子がそれぞれの箱には置かれている。
基本、対面で鑑定に来る客というのは一人っきりというのは意外と多くない。
カミセは箱がそう広くないので、だいたい二人連れと割合は半々ほどだろうか、二人がそれぞれ観てもらったり、片方は単に付き添いだったり、そして。
「いいから。絶対当たるから。MIDORI先生すごいんだからっ。ねっ」
ありがたい事なのか相手にとってはありがた迷惑なのか。
常連が初見の客を連れて来ることもあるのだ。
今、碧の目の前に座っている男女も片方が常連だ。
亜由美さんは近場のバーで働いている。
もう碧が中学の頃から知っているこのふわっとしたカールのかかった髪のお姉さんは、新しい彼氏ができるたびに相手を碧の箱に連れてくる。
最初は困った顔でついてくる男性ばかりだ。
今日の彼氏で、都合三人目だろうか。
タロットの占いなんぞに興味を持った成人男性なんてのが、そもそも珍しいのだ。
短髪で閉じたような目をした、ややがっしりした体格のその彼は、およそ占いには関心も持たなそうな風貌で。
今も大柄な体を丸めて予備のパイプ椅子に座って。
「じゃあ、宜しくお願いします」
「はい。宜しくお願いします」
高校生の碧に
そのまま黙って「えっと」と横を見るので。
「ほら。聞けばいいじゃん。会社のこと」
横から亜由美さんが突っつく。男性が軽く首を掻きながら。
「それじゃ。何から? 名前とか言った方が?」
「どちらでもいいですよ。ご都合悪くなければ」
「横山です」「MIDORIです」
「じゃあ——僕の上司と職場のこと、観てください」
碧が笑って「わかりました」とだけ答える。
カードをカットする音がしばらく聞こえて。
まず。職場の上司。
剣のナイト
が出る。まあ、普通だ。
「上司さん。真面目で理想家で。話は好きですね」
「うん」
「話すのは先のことばかりです」
「へえ」
「未来志向ですね。企画が好きです。あれこれアイディア考えるのが」
「うんうん。当たってる」
にこにこしながら答える相手に、しかし手応えを感じない。
愛想笑いなんだろう。それはそうだ。
これくらいなら誰でも言える。
肝心なのは職場のカードとのコンビネーションだなあと思いながら、碧が二枚目のカードを上司の下に出す。
職場のカードは。
棒のナイト 逆位置
が出た。
「あれ?」と思わず声を出した碧に「うん?」と横山も返す。
隣の亜由美もわくわく顔でテーブルのカードを凝視する。
上下にナイトが二枚。
碧が下の棒ナイトを逆位置のまま横に——剣ナイトの右隣へ移動して。
「なんで上司が二人いるんですかね?」
横山の細い目がわずかに見開いて。碧が続けた。
「派閥っていうのかな。上司さんのいうことを聞かないこの人は、どちらかというと勢いで突っ走るタイプの人で、危うくてコントロールできなくて、でも同じくらい実力があって」
急に細かく頷く横山の目の前で、碧がまた一枚。
二人のナイトの真ん中に。
棒5
のカードを出した。
「——完全に仲違いしてる。棒が強いので、主導権はその別の人が持っていて、職場の雰囲気もそちら側が優勢かな。上司さんは味方が少ない……ひょっとして」
ここで碧がカードから顔を上げて、横山に目を向けた。
「独立とか? 考えてます? この人。それも暴走気味な話だけど。何人かは賛同されてますね」
唇を半開きにした横山の隣から。
亜由美が満面の笑みで。
「ね? 来て正解だったでしょ?」と言うのだ。
◆
話を聞けば、どうやら暴走ナイトは神崎という名で、横山の先輩らしい。
二人は同じ会社、同じ職場で、機械部品の卸をやっているそうだ。
「ウチの主任がね、確かに君が言うように理想ばっか言ってる堅物でさ。国から助成金引っ張ってきてIT導入とか上には提言するんだけど、現場は大変だよ仕事が増えてさ。先行投資ばっかで売上が伸び悩んでてね」
「先行投資ってお金だけの話じゃないですしね」
「そう。そう。時間がどんどん溶けちゃってさ。わかる? 新しいシステム入れるにしてもソレ今すべきなの? って。一番食い掛かっていくのが神崎さんなんだよね」
話し始めたら立て板に水を流すように。
横山が日頃の鬱憤をひとしきり語る。
隣で亜由美がうんうんと頷いている。
こういう長話で鑑定時間が伸びるのは、高校生の碧にはあまり好ましくないので、話を進めるよう誘導する。
「その神崎さんが、独立考えてるんですか?」
「うん。自分を含めて、三人ほどついていくかも」
「営業畑が?」「そう」
「相当痛いんじゃないですか? 主任さん上から呼ばれません?」
「これでもけっこう我慢してきたんだぜ現場は。もう限界だね」
ふうんと頷きながら、ひとつだけ。
碧が訊く。
「競業避止義務、大丈夫なんです?」
いわゆる従業員に、会社に対する競業行為の禁止を求める契約事項のことだ。
またちょっと。横山が細い目を少し開いて。
テーブルに身を乗り出して。
「よく知ってるね。ウチ、古い同族経営でさ。雇用契約書にも就業規則にも、まだ競業避止義務の項目がないんだよ。独立するなら今のうちさ」
指を立てて。にっと笑った。
隣の亜由美が目をきらっきらさせて。
碧は。伊達メガネの奥で相槌を打ちながら。
なんだ? こいつ結構悪いぞ? と。
「じゃあこれが〝初めての反乱〟って感じですかね?」
「そうだね。殿様商売でやってきたウチの会社のね」
それにしては。
旗を振ってるのが暴走ナイトというのは如何なものか?
とも思う碧は、もちろん。
そんなことは一言も言わないのだ。
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