第八話 熱心な計画に陽が陰る
そもそも、碧の客というのは女性が九割を越える。
男の客は滅多に来ることはなく、飛び込みではなく今回の横山みたいに紹介の鑑定がほとんどだ。
そのわずかな男性客は、またその大部分が社長や親方といった自営業か、まさに彼の先輩のような起業を考えている者、あるいは転職や求職中の男性で、内容は仕事の鑑定依頼ばかりだ。
タロットにありがちな恋愛鑑定を頼んでくる男性は——ただこれはご
読みにいくらか秀でているとは言え、まだ高校生で男女の機微に洞察も経験もない碧にしてみれば恋愛の鑑定はむしろ苦手なので、そういう傾向はありがたいし、そういう鑑定の方が得意なのだ。
それゆえかどうか知らないが。
(うおっ。今日も七時からかあ)
下校のバスに揺られながら見るスマホのカレンダーに〝横山〟の名前が入っている。
ここ最近は、おおむね火、木、土の隔日のどこかで決まって七時で入れてくる。
しかも亜由美さんと一緒ではなく一人だ。
七時前、館で何人かの鑑定を済ませた碧の箱にどたばたと、通路を走る音がして。
「どうもどうも。間に合ったかな」
「大丈夫ですよー」
打刻もないのに息を切らせて席に着く横山に、碧が苦笑した。
初見で碧の的中率に感動した相手が、その後しばらく足繁く通い詰めるのは特に珍しいことではないが、これもまた男性が多い。横山も例外ではなかったのだ。
どうやら横山は鑑定依頼のコツを掴んだようで、碧が「あんまり専門的なこと聞かれても僕は業界の知識ないからカードを読み切れませんよ」と言うので、最初からいくつかの選択肢を提示する。それを観てもらう。
今夜聞きたいのは商品の調達らしい。数社のメーカーが似たような品物を出しているのだ。
「迷ってるのが四つあってさ」
「じゃあABCDで出します」
「うんうん」
ぱっぱっと慣れた手つきで碧がカードを並べる。
商品A
棒の2 逆位置
商品B
節制
商品C
死神 逆位置
商品D
金貨キング 逆位置
「——Bを入れるのが一番無難でしょうね」
「あ、やっぱり? あんまりロットで値段下がらないんだけどなあ」
「少々売値が高くても捌けるでしょ、節制なのでスケールメリットないなら都度発注で在庫は抱えない方がいいです。仕入れが一番安いのはAですよね?」
「やっぱすごいね。当たり。……ここはダメ?」
「ダメです。売れません。〝この商品では妥協してもらえない〟と出てます。安かろう悪かろうでしょ、ここって?」
うんうんと横山が頷いてメモをして。
「CとDは?」
「Cこそ、今は買っちゃダメです。しばらくアンテナ張ってて下さい」
「え?」
「死神の逆位置なので、もうしばらくしたら新商品が出るかマイナーチェンジするか、そういうのありますよ。現行のがガンと値崩れするかも。買うならその時ですね」
「マジで?」「はい」
あの野郎ちょっと問い詰めてやるとか何とかブツブツ横山が言うのに碧が笑った。情報流しても文句、隠しても文句言われるメーカーさんもご愁傷様だ。
続けてDを指差して。
「こことは付き合わない方がいいですね」
「え、商品じゃなくて、会社と?」
「はい。向こうの社長が足元見てきます。これまでのような値段では卸さないと思いますよ、何にしたって」
横山のボールペンが止まって。少し考えて。
「……やっぱ、これからそういうとこ、増えるよねえ」
「ですね。老舗の看板捨てるわけですから。でも神崎さんは、相手に熱意が通じると思ってるんですよね?」
「わかる?」「わかりますよ」
棒のナイトならそうだろう。しかも逆位置だ。
横山が軽くため息をつく。
「段取りやら根回しやらは、こっちがやってやんないとね」
大きな体を小さくする目の前の横山を見て。
意外と面倒見がいいのだろうか? と碧が思う。
まあ突っ走り型のリーダーには、こういうサポーターがいてもいいのかもしれない。
「先輩思いですね」
「そりゃ自分らの将来もかかってるからさ。そういえばMIDORI先生はさ、これまでで大きな鑑定ってどんなのあったの?」
彼の質問に、ちょっと考えて。
「——金額で言えば、潰れたビジネスホテルを解体して分譲マンションに建て替える時かな。融資相談の持って行き先で」
「ひゃあ。億いくね」
「いきますね。それ一度っきりです。あんまり動産不動産は観るなって御達しがあったので」
その件は母親からきつく叱られたのを碧が思い出して苦笑した。
確かに高校生が観るような内容ではないのだ。
「じゃあさ」と横山が床のバッグをごそごそするので。
「聞いてました? 白図とか見ませんよ?」
「ダメ? 事務所の場所なんだけど」
手をぱっぱっと振って碧が断る。
「図面や数字を見て何か助言するのはアウトです。それでお金取れませんよ専門家の資格がないんだから」
「じゃあ、どうすればいい?」
「ABCでなら」碧が笑う。
◆
だが。
こうして頻繁に通っては色々と相談する横山と、それに対応する碧をあざ笑うかのように。
計画のカードが徐々に悪くなっていくのだ。
引いたカードは『太陽の逆位置』だ。
「〝成果が実らず日陰に置かれる〟……厳しいですね」
碧が顔を曇らせる。
はああと今夜は横山が、一段と深いため息をつく。
珍しく亜由美が同席していた。休みなのだろうか?
傍から慰めるように。
「理由はわかってるんでしょお、ヨコちゃん?」
「——まあね。せっかくここであれこれ先生から聞いて帰ってるんだけどね、聞かないんだよ、俺らの言うこと」
ああ。そういうパターンはある。
こればっかりは碧もどうしようもない。
本人の中でもう道筋が固まっていたり決心が変わらない時の鑑定は、あまり役に立たない。
しかも今回は本人ではなく〝その向こうにいる先輩さん〟の動きを追っているのだ。
一応、碧が念を押した。
「〝占いに出ました〟なんて言ってないですよね?」
「言わない言わない。そんなこと言えば『バカにしてんのかッ!』てどやされるよ」
慌てる横山の体に、隣から亜由美が寄りかかる。
「ヨコちゃんの先輩さんも一回連れて来ればいいじゃん」
「ダメだって! こういうの神崎さん絶対信じないし。ねえ先生」
「そうですね、あまり無理くりはやめた方がいいですね」
二人に否定されて亜由美が残念そうに。
「そっかなあ。まあヨコちゃん付いてるから大丈夫とは思うけど」
「なんとかするさ」「かっこいい♡」
高校生の前であんまベタベタしないでほしいと思う碧だったが、とりあえずは今日の鑑定を進める。
当面の運転資金に係る借り入れは、書類の不備が出そうなので一旦保留して再確認した方が良い。
独立の話も、まだメインの顧客には漏らさない方がいい。
いくつかの碧のアドバイスをもらって、その夜は二人で帰っていった。
ちょっと。
碧が右肩を回すのだ。
◆◇◆
なんだか疲れている感じの碧は、学校の休憩時間もいつものごとく外を見るのではなく、今日は珍しく机に突っ伏して睡眠をとっている。
前でスマホを弄る八津坂がチラ見する。
横に立った女子二人も、そんな碧を見下ろして。
「ガチ寝よね」「ガチ寝だ」
言いながら頷く二人に構わずじっと碧の寝顔を見る八津坂のスマホから『ぶー』とゲームオーバーの音がなったが気にする風でもない。
夜はずいぶんと大人びて生意気なこいつは。
こうやって窓からの緩い風に吹かれて眠るさまは、まるで自分よりひとつかふたつか年下の、少年のままのような幼い寝顔で。
おでこにかかった前髪が揺れているので。
スマホからちょっと手を離して。
指を伸ばして、そっと梳いてやる。
起きない。
『かしゅっ』っと。
「え?」
へたっと笑った夢美が両手でスマホを構えて写真を撮っていた。
手を伸ばしたまま固まる八津坂の顔が、みるみる赤くなって。
「……ちょっと」「ふええ?」
「なんで撮ってんのッ!」
「あああ本能でッ!」
「意味わかんない! 消してっ!」
きゃあきゃあ騒ぐ夢美を抱え込んでスマホを奪おうとする。
碧が目を覚ました。
「ごめんねえ、うるさかった?」
「うん? いや、別に」
そう言ってうーんと伸びをする碧を見て。
この感じだ。やっぱ不思議だ。
この
当の碧は首を左右に振りながら。
また横山の鑑定を考えていた。
自分が占っておきながら状況が悪くなるのが納得いかない。
しょうがないから。
(アドバイスもらおうかな)
誰にともなく困ったような顔をする。
◆
昼休みの駐輪場で、ひとり。
ぽちぽちとスマホでこれまでの経緯を打ち込んで送る。
最後に一言。
『どうすればいいかな』
『今後の進め方』
一息ついて。返信が来た。
『首突っ込み過ぎだね』
『そお?』
『鑑定は一ヶ月は開けろって言ってるだろ』
『同じ案件は』
『だって急ぎじゃん』
『それならまとめて観ればいい』
『あとね』
『足りないカードが多すぎる』
『え? なに?』
『剣ナイトは放置かい?』
『その上司さん』
『追っかけてないだろ』
『あ』
『会社全体も引いてないだろ』
『見たの? 全体』
『見てない』
『😡』
『😅』
『あといちばん大事なカードがない』
え? と。
『あんた依頼者本人を観てないだろ』
『見たの? 本人のカード』
しまった。と。
完全に忘れていた。
独立するのが先輩の神崎なので。
横山本人のカードを碧はまだ引いてない。
『……まだです』
『😡😡😡😡😡😡』
うわあ。碧が口を開けて天を仰ぐ。
こりゃ帰ったら説教だ。
碧の母親は、タロットには甘くないのだ。
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