第4話 中層と下層
恵の雪崩にそって歩いていき、中層と下層を隔てる壁に沿って歩いていくと、下層とは思えないほど整備された道路の近くに試験受付があった。
そこにいた受付嬢に話しかける。美人だが、やけに目の隈が濃い。
「あの、中層入場資格試験を受けたいんですけど…」
「…5000タースです」
「はい」
「こちらが受験票です。よくお読みください…」
「はい」
「…」
明らかに雑な対応。少年は外に出てある程度離れると、少女に話しかける。
「雑すぎじゃね?」
『仕方ねぇだろうな~。ありゃあ若いのにどん底に落とされたっぽいぞ~』
「ん?どういうことだ?」
『わかるだろ?中層の壁の高さと分厚さでよぉ。下層と中層じゃあ安全度が違う。中層でしか過ごしてこなかった女の子にとっちゃあこんな風景絶望しかねぇんだわ。しかも対応する相手はお前みてぇな下層の人間だ』
「僕そんなひどい格好してる?」
『してるに決まってんだろ。何ならまだ血なまぐさいだろうさ。しかもルックスだけならまだお前はマシなほうだからな。お前以上に醜いやつとの応対。しんどいに決まってら』
「……ひどいこと言うな」
『それが現実ってもんだ。あの嬢ちゃんの反応にもちゃんと理由があんだよ』
「そうかい…」
少年は口をとがらせてふてくされた。
『そんなことよりもさ、レベル上げしようぜ?』
「あ、そうじゃん。レベル上げ。魅力とかそういうステータスはないの?」
『ねぇよ。いい加減気分を切り替えろ。命がけで手に入れたもんなんだぞ?』
「わかってるって。索敵と速度にお願い」
『了解。とりあえず索敵を優先しておいたぜ。しかも!新しいスキルを二つ習得した!』
「へぇ、どんな感じなんだ?」
『まず1つ目!これは"念話"だ。お前が俺に頭の中で話しかければ俺に伝わる。ちょっとやってみてくれ』
『…これで聞こえてる?』
『あ、それそれ。これでいつでも俺と相談できるわけだ』
『戦闘に役に立つって感じか?』
『中層でも役に立つ。下層じゃあお前がいくら一人言を話しても、ヤベェのキメてる中毒者だと思われるだけだったが、中層じゃあ注目の的になるからな。中層では独り言は言うなよ?』
『へー、そうなのか。わかった』
『さて、次は索敵で手に入れたスキル。エコーシーカーだな。原理を言ってもわからんだろうから割愛するが、一瞬だけ周りの生物の位置がわかるスキルだ』
『へー、じゃあ今使ってみてよ』
『エコーシーカー!』
少女が叫んでからすぐ、少年は喉が動いたような感覚を覚え、周りにいる人間の位置を把握した。
『…すっげえなこりゃ』
『そりゃあそうだ。だが、これは遮蔽物が多すぎると機能しねぇ。性能をこれ以上あげるためにはもっと索敵を鍛える必要がある』
『いや、これで十分だ。何より後ろもわかるのがすげぇ』
『そうだな。野良犬戦もこれで多少安全に行けるだろうな』
『で、次は何あげるんだ?とりあえず速度か?』
『うん。速度もなんかスキル手に入ったりするんだろ?』
『ああ。一応はな』
『じゃあ速度で』
『わかった。じゃあ、銃の訓練は自分でしろよ?』
『え?』
『レベルを上げて無理やり実力をつけるってこともできるんだからな?』
『……うん。わかった。もう今日は寝る』
『ハッハッハ!そんな嫌がるなよ!とことんめんどくさがりだなぁ!』
『お休み』
『おやすみー』
翌朝、少年が目を覚ます。
「んぁあ、よく寝た…」
『おいおい、念話を忘れるなよ』
『忘れてた。さてと、雪崩に行こうか』
『そうだな』
少女は昨日、いい食事をさせなくてよかったと思った。恵の雪崩の食べかすと、店で売っている食事とでは味も栄養価も月とすっぽん。恵の雪崩で食事を済ますという行為ができなくなっていたかもしれなかった。
『受験票を見せてくれ』
『ん?わかった』
少女に言われ、受験票を視界に入れる。受験の日時と、受験時間、持ち物と持ってきてはいけないものが書いてあった。
『おいおい、やべえぞ。鉛筆なんて持ってねぇじゃねぇか』
『ん?いるの?』
『ちゃんと読めよバカ!よし、今から野良犬を狩りに行くぞ。何としても鉛筆を手に入れる!』
『そんな高いもんなのか?』
『いや、消しゴムに比べればずいぶん安いほうだ。多分換金屋のおっちゃんに言えば使いかけのやつをくれるはずだ』
『そうか。野良犬の鉄と交換すればいいわけだな?』
『そうだ』
『わかった』
それから少年は数日間野良犬を狩り続け、換金屋の店主に鉛筆と消しゴムを交換してもらい、試験に臨むことになった。
会場には5人ほどいて、少年以外は全員中年男性。
「試験開始」
試験の内容は簡単なものばかりである。人に暴力をふるってはならない。路上に寝泊まりしてはならない。ものを盗んではならない。
そういったことを選択問題で出され、マークシートに回答を記入していく。20分ほどたった時、中年の男が騒ぎ出す。
「おわった!出してくれ!」
「了解しました。試験は終了です。お疲れさまでした」
この試験、問題の数が少ないのだ。帰って良かったのかと考え、少年も声を上げようかと考えたとき、少女が注意する。
『試験中は声を出しちゃいけないって受験票に書いてあっただろ?試験終了まで提出は待て』
『ん?でもあの人帰ったぞ?』
『ああ。不合格だからかえっていいぞってことだ』
『げぇ、マジかよ。でもほかの人も帰り始めたぞ?』
『だからダメだっつってんだろうが。黙って見直せバカ』
『すいません』
試験場に残ったのは少年ともう一人のおじさんのみ。おじさんは頭を掻きむしりながら必死に考えており、少年は暇すぎて少女と会話を楽しむ。
そのまま試験が終了した。
「回答用紙を回収します」
試験管が解答用紙を回収し、スキャナーのような見た目の機械に入れてから1分後、合否判定をされた。
「おめでとうございます。2人とも合格です。許可証の発行手続きをいたしますので、そちらの方から顔写真と指紋、DNAの記録をいたしますのであちらの従業員の案内に従うようにお願いします」
淡々と案内され、少年は男性に案内されて部屋を出る。外に出て、中層の町の市役所までくると、男性から指示が出された。
「えーっと、この中の椅子に座って、画面に向かって真っすぐ見てくれる?あとは機械の音声に従ってね」
この男性はほかの職員とは違って元気がある。少年はあっけにとられながら証明写真を撮る。綿棒に口の粘膜をつけたり、指紋をハンコのようにとったりした。
「はい、お疲れ様。じゃ、これ入場許可証ね。これなくしたらここにきてまた再発行できるから」
「あ、はいありがとうございます」
20分ほどですぐに終わり、中層の中で解放された。
『おいおい、突然中層で解散させられたぞ?』
『そうだな。とりあえずお金がないし下層に帰るとするかな』
少年はしばらく「え?」といった顔を作った後、真面目な顔をして言った。
『お前、帰り道わかってるってこと?』
『え?……あぁ!も、もちろん!なんだ、お前忘れちまってたのかよ!ははは!』
『あ、わかってたのか。どっちなんかわかんないからさ、教えてくれ』
『お、おう。じゃあまずはあの高い壁のほうに行ってくれ』
『どこまで?』
『俺がよしと言うまでだ!』
少年は若干いやな予感を覚えながら歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます