第2話 決戦!野良犬!
*1 タース……この世界の通貨。1タース=1円
成りあがる決意を決めた翌日、また恵の雪崩で朝ごはんを見繕い、汚い川で水分補給。
「さ、行くか」
最低限の支度をしてから市街地を出た。下層をモンスターから守るために作られた粗末な壁を出て、廃ビルだらけの乾燥地帯に踏み入れた。ここはもともと人間が生きていたのだろう。
しかし、現在ではその面影はなく、粉塵が舞い、薄着の人間が長時間いられるような環境ではない。中層の人間は、特殊な服で肌や目などを保護して入るのだ。
少年はそんなものを持っていない。素早く行動を終わらせて帰る必要がある。
壁をでてか約70mほど離れた位置で、少女が話しかけてきた。
『よし、とまれ。そこの野良犬を殺すぞ』
指示に従い、少年は物陰に隠れて止まる。
野良犬というのは、最弱のモンスターである。機械が骨格に含まれており、かむ力と連携能力がずば抜けて高い。その代わりに脆いので、単体でいることは少ないが下層の人間でも何人か犠牲になれば倒すことができる相手である。
少年の目の前の野良犬は、毛皮が剥がれ落ちて顎の機械部分が一部むき出しになっていた。どうやら野良犬同士の争いで負けて逃げてきたようだ。
ここまでけがをしている個体であれば、今の少年なら倒すことができるだろう。この野良犬からとれる金属には1kgあたり50タース*1ほどの価値がある。売れば今日の昼食をパンにすることができるはずだ。
『いいか?しゃべるなよ?俺にはスキルがある。それをお前に使うことができる。スローという技だ。一瞬だけ周りがスローに見えるという技だ。お前が攻撃した瞬間に使う。その間にケリをつけろ』
うなずくことすら許されない状況。じっと野良犬を見ている。しばらくしていると、ゆっくりと足を折りたたみ、休もうとし始めた。
『いまだ!足をつぶせ!』
少年はすぐに飛び出し、思いきり大振りで脚の関節部分めがけて金づちをふるった。
するとその瞬間、少年の視界がスローモーションのようにゆっくりと流れ始めた。そして、自分の体もまたゆっくりにしか動かない。
そのゆっくりとした時間の中でゆっくりと狙いを定めながら、脚と垂直になるように殴りつけた。殴ったその瞬間、スロー再生は解除される。
『頭つぶせ!』
スローがなくとも、うまく体を動かせなくなった野良犬の頭を殴るのは難しいことではなかった。
一撃で頭を砕き、初めての戦闘は終了した。
『おえええぇぇぇぇ!』
「え?」
『オロロロロロロロロ!』
「待って、僕の脳内で吐いてたりする?」
『おえっ、あぁ、大丈夫だ…俺は想像上で吐いてるだけだ』
「…やめて?僕今こいつの金属部分の採取してるんだからね?一歩間違えたら僕の手切れるからね?」
『いやぁ、すまねぇ。まさか俺がゲロインになる日が来るとは…』
「げろいん…?」
『いや、こっちの話だ』
「お前そういうこと多いよな…」
『いいんだよ。お前に下手なことされたら面倒になるだろうからな』
「信用ねぇな~」
少年はあらかた金属部分を回収して、すぐに下層住宅地の金属買取所に向かった。
「おっちゃん、野良犬の鉄。買い取ってくんない?」
「あぁ?うーん。じゃあこのパンの耳で買い取ってやるよ」
「ありがとう」
「あ、あぁ」
お礼を言いつつも目が鋭い少年に、換金屋のおっちゃんもゾクリとした様子で身をそらしながら見送った。
『おいおい、いいのかよ』
「いいんだって。どうせパンを買えるほどのお金にはならなかっただろうし」
『……はぁ、まあいいや。実際誤差だしな』
「そんなことよりさ、これからすてーたす?を振るんだろ?」
『そうそう。さて、どうするかな~』
「なんかできるようになったりするのか?」
『いんや、あんな雑魚じゃそんな大した変化はねぇな。どうする?とりあえず索敵能力でも上げとくか?』
「へー、そんなことできるのか。じゃあ索敵と速さが欲しいな」
『了解。でもしばらくは弱者側だろうから、索敵を鍛えていこうか。逃げは早いに越したことはない』
「OK」
『ほい、振っといたぜ』
少年は試しに耳を澄ませてみた。しばらく目をつむったままだったが、落胆した顔になる。
「これ本当に強くなってんのか?」
『ああ。なってるさ。あと100回くらい頑張れば索敵能力は一流になるはずだぜ』
「それはさすがに無理だろ。100回もあんな所に行って生還できる気がしない」
『んなこと言われてもなぁ。事実は事実として受け止めろ。それに、だんだん良くなっていくんだ。知らねぇうちに楽にできるようになってる。多分最後まで強くなった実感を得る日は来ねえよ』
「そうなのか?」
『まぁ、そりゃあ突然格上と当たったりしたら実感を得る日も来るだろうが、まあそんなことあるわけ……ごめん忘れてくれ』
「なんなんだよ?」
『いいから忘れろぉおおおお!』
ガシャァアアン
遠くで建物が壊れたような音が、かすかに聞こえた。壁のほうからである。
『うわ!最悪だ!やっちまった!』
「ん?どうした?」
『なんでもねぇ!走れ!もっと早く!』
血相を変えたような声で少女がはしたなく叫び、少年も逃げ始めていた。この下層ではモンスターが入り込んでくるなんてことはたいして珍しいことでもないのだ。いつも通りのスピードで逃げていた。
しかし、しばらくすると、少年も血相を変えて走り始める。いつまでたっても音が途切れることがない。野良犬なんかとは、格が違うモンスターが入り込んできてしまったのだ。
「はぁ、はぁ…」
しばらく走っていると、怖くなってきて後ろを向いた。すると、下層の住民を片っ端から蹂躙していくゴリラが目に映る。しかし、そのゴリラは明らかに機械構造を持っており、蒸気をふかしていた。
『あれに追いつかれたら死ぬぞ!』
「ハーヒーハヒー!!!!!!」
汚い息をして走る。
下層のヤクザが住む、中心部に近いところまで来るとその音はほかの方向へ向き、離れていった。
「はぁ、はぁ、どこまで…来たんだ?」
『遅くない程度に歩いて逃げよう。ありゃあ救助が来そうにねぇ』
「なんだ、あれ、相当、強い、のか?」
『いや、上層では雑魚とされている。だから、ここまでやばいことになってるなんて上は考えないだろうな。しかし、今回はそれがまずい。上層部が動くのはそうとう遅くなってからだ』
「まったく、神様とやらも、ひどいこと、するよな」
『そうだな』
息も絶え絶えの中、しばらく中心部に向かって歩く。20分ほど進んだところで、下層の割には身なりのいい、サングラスをかけた男が話しかけてきた。
「ああ?お前、どこのもんだよ」
少年は考える。このままではモンスターのいる場所に戻されてしまう。今少年が持っているのは金づち。モンスターとは戦うわけにはいかない。
そこで、なんとか無理やりヤクザを押しのけて、一時避難させてもらうことにした。
「え?あ、今日からお世話になります。たらこ唇と申します」
「ああ!?たらこ唇じゃねぇじゃねえか!てかお世話になるだぁ!?」
「いやぁ、ボスから聞いてないんですか?」
「え?…マジな感じなの?」
突然、ヤクザの男がおびえ始めた。少年はニヤリと笑ってから、芝居らしく言い放った。
「はー、お前、チクっとくか?」
「ひ、ひいいいぃぃ!や、やめてくれぇ」
「へぇ。じゃあしばらくここらでゆっくりさせてもらうわ。お前、外で情報集めてこい」
「は、ハイ!」
なぜか立場が逆転した。この男はどうやらボスに対して恐怖心を抱いているらしかった。そのまま部屋に案内されて、一人でくつろぐ。
『お前、マジで度胸あるよな』
「まぁな。てかさ、声出さずに話せるようになるステータスとかねぇの?」ボソボソ
『あ、あるぜ?だがレベル5で解放だから無理だな。ちなみにお前のレベルは今1だ。この前ようやく発現したと思ってくれ』
少年はしばらく顎に手をやってから、ぼぞぼぞと話す。
「お前の苗字だけでも教えてもらったりはできないか?」
『お前、やっぱ頭悪いだろ。俺がここで名前を言ったらそれであいつら脅すつもりだろ?やめとけ。それが実家にばれたらマジでチンピラどころか貴族に喧嘩売ることになるぜ』
「確かにそうか…」
『最悪ここでこいつらと殺しあったほうがいい』
「あれを雑魚と言ってのけるやつと敵対するくらいなら…か」
少年はあきらめた表情でしばらくぐったりと椅子の背もたれにもたれかかってくつろいでいた。
15分ほど経ったとき、みすぼらしいドアについているすりガラスにくろい影が浮かび上がり、バンッと激しい音を立ててドアが開いた。
「おい!誰だてめぇ!俺にお前みてぇな客が来る予定はねぇんだよ!」
「あ?何ふざけたこと言ってんだ?お前、役人の話はちゃんと聞けよ。オイ」
「え?……ちょっと待っててくださいね?」
少年はひそかにほくそ笑む。
『お、お前、マジで死ぬぞ』
少女はおびえた声で忠告する。
しかし、依然として少年の態度は崩れることはなく、いそいで部屋を出て行ったボスを眺めていた。
しばらく待つこと5分。
「お前やっぱりただのガキじゃねえか!」
「え~、よく探してみろよ」
「どうあがいたって違うってんだよ!死ねコラ」
キレた男が目をぎゅっとつむってから銃を撃つその直前、スローが発動した。少年は銃口の向いている方向から自分の体を外してかわした。
パンッ!
その銃弾をかわしてすぐに、服の中から金づちを取り出して男の頭を殴った。すると、男の頭がつぶれて絶命した。スローが切れる。
「よし、お前ら。ここは見逃してくれ。そしたらこいつの持ってたもんお前らが手に入れられるぜ?」
「……」
少年は取り巻きに対して楽観的な未来を創造させるような提案をした。そしてすぐにさっき殺した男から銃と弾丸を奪い取って、窓から脱出してヤクザの拠点から逃げ去った。ものかげに隠れる。
少年はニヤリとした表情だった。
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