僕はプレイヤーキャラクター!
をれっと
第1話 脳内フレンド
少年は、いつものように上層から降ってくる廃棄物をあさっていた。下層の住人は、それを恵の雪崩と呼ぶ。
少年も慣れた手つきで今日の食料を確保していた。すると、少年の脳内に、女性の声が響く。
『まーたこんなもん食べんのかよ、さすがによくねぇって』
「うるっさいな。うまいんだからいいんだよ」
少年の住む国には、埋めようのない格差がある。その格差の底辺に位置する下層の人間はたいてい「上層に上がりたい、上層にあがりたい」とぼやきながらごみをあさる生活を送っている。
しかし、少年はこの底辺生活を気に入った様子であった。この、食事も住居も法律すらもないようなこの生活を。
少年は知っていたのだ。上層の人間というのは法に縛られることはなく、身分の低いものを癇癪で殺したり犯したりするものであると。
その上層の人間がいない下層での生活というのは、理不尽からかけ離れた生活であったのだ。
少年がその知識を得たのには、きっかけがあった。彼がいつも通り恵の雪崩で食料をあさっていた時、ふと本を手に取る機会があったのだ。その時、彼の脳内に住まう少女が言った。
『いやいや、別にエロ本は悪いもんじゃねぇって。いいから拾っとけって。それにほら、あー、あれだ!
知識は力だぜ?
一旦!一旦開いて…』
そういわれて初めて、彼女に教えてもらいながら幼児用の本で文字を習得し、九九計算まで習得するに至った。
彼の脳内に語り掛ける少女は、突然やってきたのだ。まったく姿を見ることもなく、突然頭の中から話しかけてくるようになったのだ。今になっても、彼女は少年に自己紹介をせず過ごしてきた。夢に出てくるまで、彼女は姿すら見せることはなかった。
しかし、少年はその少女を信用しているし、信頼している。それはひとえに、彼は女性に甘かった。甘くて弱かったのだ。下層にしては珍しいタイプであった。
その性質は今回はいい方向へ転び、彼は上層で出版されている御霊新聞というものまで読めるようになった。
その新聞で見た事件が、彼を下層で堕落し続ける選択を是とする思考を植え付けたのだ。上層に住む貴族と呼ばれる人間が中層におり、そこに住む平民に対して癇癪を起して殺し、その上賠償請求までするという事件。その事の顛末はまだ確定していないらしい。
それを見て、彼は上層へあがろうという思考を失い、下層で甘く腐って死ぬという選択をし続けていた。
とはいえ、脳内の少女はその意見に否定的であった。そして、何年も一緒に過ごしてきたため、彼が女好きであることを理解しているらしく、彼がぼーっとしているタイミングを見つけては話しかける。
『そうだ、俺がいればお前も特殊能力が使えるんだって!やってみようぜ!』
「えー、努力とかめんどくさいし~」
『努力がめんどくさいってお前……なんでお前に宿っちまったかな~』
「なに?てか乗り換えとかできないの?」
『できないからここにいるんだろうが。お前の生活水準が上がんねえと俺も楽しくなんねぇんだよ』
「そんなこと言われてもなぁ」
『とりあえずさ、モンスター倒してみようぜ?な?』
「そんなこと言われてもなぁ。めちゃくちゃあいつら強いんだよ?」
『なんか弱いやつとかいねぇのかよ』
「そんなのいるわけないじゃん。たまにモンスターがここら辺まで来ることあるからわかるけど1匹に対して9人くらい殺されてたし」
『マ?」
「ま?なにそれ」
『本当?ってことだ』
「マ」
『どうすりゃいいんだってばよ…』
「どうしようもないって。だって僕ら平民は戦力になりえないからこういう扱いされてるんだよ?」
『まったく、めんどくせぇな~』
「その意見には同意するけどさ。そういうわけで、僕はこのままの生活でいいんじゃないかな」
『ダメ。それはダメ。何とかなりあがってもらわないと。どうしたもんかな~』
「まぁ、考えといてよ。方法をさ。乗り気になるかどうかは別だけどさ」
少年はぼけーっとやる気のない目でさびれた町を眺めていた。
高い昔の建物は壊されて倒れ、低い家ばかりが健在の下層の建物。そのほとんどにコケが生え、その中に何人かが身を寄せ合ったり、ヤクザが住んでいたり。ヤクザの家はロープでつながれており、そこに服がかけられている。体のいい縄張り宣言。
ほかの者はただの物陰を我が家として過ごしている。
『でもさ、このままじゃお前、大変なことになるぞ』
「え?なんで?」
『お前も恋愛感情くらいあるだろ?もし好きになって、恋人になったとき、お前はその彼女を守れないんだぜ?』
「うーん、確かにつらいのかもしんないけど、そういう経験がないしさ~」
『でもさ、そろそろどうにかしてくんないと、俺もうお前と一緒にいられなくなるし…』
「は?」
少年は、ぞくりと心臓が跳ね、背中にねっとりとした感覚を覚えた。
一瞬で少年の表情が変わり、今までのすべての考えをかなぐり捨てる準備を始めていた。
『俺さ、お前とリンクしてるけど、普通に生きてんだよ。言わなかったか?俺は貴族だって』
「そんなの初めて聞いたぞ?」
『そうか…忘れてたのか……じゃあ、俺の能力を言おう。プレイヤーだ。お前に取り付いてお前をレベルアップさせることができる。そのレベルアップによって自分も強化される』
「それでなんでお前が僕といられなくなるの?」
『新聞読んで知ってるだろ?貴族がどんなもんなのかを。弱い奴は外出も許されねえんだ。俺はお前がモンスターを狩ったことがないから貴族なのに一般人並みの力しか持たねぇ。しかも侯爵家ときた。恥もいいころだ。戻ったら大変な目に遭うし、このままの食生活じゃ餓死してもおかしくねぇ。逃げ出すにも力のねぇ貴族なんてひでぇめに遭うにきまってる』
「お前、そういうことはもっと早く言えよ」
『だって……お前の人生をこわしたくなかったから…』
「じゃあなんで今言ったんだよ。つらかったからだろ?僕は親しい人間すら助けようとしないクズだと思ってたのか?」
『……ごめん』
「はぁ。まあ、貴族ってそういうものらしいしな。自分の弱さをさらけ出したくなかったとか、そんなところかな?この話はここで終了。じゃあ、どうやってモンスターを倒すかを考えなくちゃな」
『俺も思いつかねぇ』
「まずは情報集めからかな。あと武器が必要か。とはいえそんな使えるようなものあるのか?」
『あるとするなら近接武器だろうな。できれば金づちがあれば』
「金槌くらい恵の雪崩にありそうなもんだけどな」
『そうだな。多分あるだろ。探してみてくれ』
たった1分の間に、安定して安全な食べ物を手に入れるために成り上がる決意を固め、行動を開始した。まずは、恵の雪崩で金づちを探し始める。
それから日がずいぶんと落ちたころにようやく金づちが見つかった。少年はいつも寝泊りしている場所に急いで戻る。下層では、暗いと殺人が起こりやすくなるのだ。
少年はいつも寝ている場所に戻ると、金づちを隠しながらすぐに寝た。
少年の夢の中には少女がいた。
「まさか貴族だったとはな」
少年は恨みがましいような目線を向けて少女に目を合わせる。少女の姿は、黒髪のショートで、幼さを残した顔。服は少年と同じようなくたびれたTシャツを着ている。少年の目は、彼女のせいで下層の人間とは思えないほどに肥えている。
「お前と会ったときにちゃんといったんだけどな…そういえばあの時は貴族という存在すら知らなかったのか」
「いやぁ、ごめんごめん。でも、憑依してるって言ってたけどじゃあ本体はどうなってるんだ?」
「ああ、消えてる」
「ん?じゃあなんで餓死なんかするんだ?」
「そりゃあお前が食ったもんの栄養を俺も分けてもらうっていう仕組みになってるからだ。あんな最低限だけの食事じゃ俺に栄養が回ってこねぇ」
「ふーん。なんかそういうのがあるわけだ」
「そう」
「とりあえず、明日の行動を考えないとなぁ。とりあえず銃が欲しいよな」
「そうだな。金づちで倒すって結局命がけになるからな。もう少し安全にいきたいところだ」
「銃持ってるやつを襲うか?」
「それはやめとこうぜ?それやったら目立つだろ」
「そうか~。確かにほかの住人が僕を襲うことに躊躇がなくなるか…」
「俺たちはとりあえず金を稼ごう」
「そんなのどうすればいいんだ?」
「まずは一体だけでもいいからモンスターを狩ってくれ。ステータス振ってみないと金策も思い浮かばねぇ」
「じゃあ、なんか小さいやつを探しに行くか」
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