第2話
んーーっ!今日も終わった!」
わたしは机に座ったまま伸びをすると、首を回した。
高校の時と違って講義の内容はめちゃくちゃ難しい。
ちょっとでも気を抜くと置いていかれてしまう。
わたしはテキストを鞄に片付けると、隣を見る。
結局、今日も一日中ハルはわたしの隣で講義を受けていた。
反対隣のアギルもだ。
まあ、同じ講義なんだから当たり前なんだけど、他の友達と関わり合ったりしなくていいのかしら。
いや、それはわたしもそうか……。
「今日はサークル行く?」
不意にハルがそうわたしに聞く。
「ん、行く」
わたしたちのサークルは『大学生活研究会』と言って、まあ、文字通り大学生活を良くするために活動する文化系の部活だ。
医学部の部活はサークルと部活の中間っぽくなっていて、基本的には医学部の学生のみで構成されている。
なんせ、学生生活の長さが違うし、部活に割ける時間が短いからね。
勉強が忙しくて、週3くらいの活動しかしないのだ。
それでも、縦の繋がりを得るためだったり、学業後のリフレッシュにと積極的に部活に入る人が多い。
わたしたちも例に漏れずこの『大生研』に入って楽しく活動をしている。
というか、ここで攻略対象キャラと主人公が出会うんだから、ハルにはここに入ってもらわなくては困るのだ。
わたしはバッドエンドを避けるべく別の部活にするつもりだったのに、何故かそれを話したらハルは「ならおれも大生研をやめる」などと言い出し仕方なくわたしも大生研に入る事になった。
まあ、間近でBLが見られるならそれもよしとしよう。
要は、主人公の邪魔をせず応援すれば良いのだ。
わたしは荷物を持つと、部室へ行くべく立ち上がった。
と、当たり前のようにハルはわたしの荷物を持ってくれる。
「いや、この位持てるよ?」
「いいから。持たせときゃいいんだよ」
そういうと、とっとと歩き出す。
「あ、待って!アギルがまだ来てない」
アギルも攻略対象だから、大生研に入っている。
というか、わたしたちとアギルとはそこで知り合ったのだ。
「あ、ゴメンなさイ!すぐ行きまス!」
「………」
ハルはチラリとアギルを見ると、はぁと溜息を付いた。
だから、あんたは何でそんなにアギルに厳しいのよ……。
「アギル、いいよゆっくりで」
「はい、終わりマシタ!行きまショウ!」
アギルはニコニコしながらわたしの隣を歩く。
うーん、可愛い。
癒される。
わたしがアギルを見てニコニコしていると、不意にハルが早口の英語でアギルに話しかける。
「Stay out of my way. You're a distraction!(とっかいけよ、お邪魔虫)」
「That's our line.(それはこっちのセリフだよ)」
アギルはニコニコしたまま同じく早口の英語で答える。
「??」
わたしの英語力では、残念ながら二人の発音が良すぎなのと早口すぎなので会話は聞き取れない。
まあ、それ以上険悪になっているわけでもないし、アギルもニコニコしてるからあまり考えないようにしよう……。
そんなこんなで三人で部室に着くと、わたし達は思い思いの場所……まあ、講義の時とと同じ並び順で座る。
「はは……お前たちは本当に仲がいいなぁ」
そう言ったのは三年の先輩の
短髪の黒髪に眼鏡のこれまたイケメン。
少し切長の目にスッと通った鼻筋、醤油系のさっぱりとした顔立ちが、彼の良さを引き出している。
そして、お気づきかと思いますがこの人も攻略対象キャラです。
「別にコイツとは仲良くない」
ハルはアギルを指さすと、またそんな事を言う。
「はは、酷いデスねー」
アギルは全然堪えてなさそうに笑うと、あ、そうだとテキストを開く。
「ランサン、今日のココ、聞き取れなかったデス。教えて欲しいデス!」
「ああ、ここね……ええと……」
わたしがテキストを覗き込もうとすると、堀先輩が一歩先にテキストに視線をやった。
「ん、ここか。ここならおれが教えてやれるぞ」
おお、流石先輩。
優秀な先輩に教えてもらえるなら、わたしの出る幕はないね。
わたしが堀先輩にお任せしようと顔を離すと、アギルの口から舌打ちが漏れた気がする。
んん?
いや、気のせいだよね?
あの優しいアギルの口から舌打ちなんて出るわけないよね?
わたしはアギルの瞳を見上げると「どうしマシタ?」と、いつも通り優しげな笑顔で返してくれる。
うん、やっぱり気のせいだな。
「ホリ先輩、ありがとうございマス」
「いいえ、どういたしまして?」
なに?
なんでこんなに空気がピリピリ重いの?
堀先輩は笑ってるけど目が笑ってないし、ハルは目を細めてアギルを見てるし、アギルの顔は見えないけど大丈夫かな……?
「おいおーい、お前たち。そんな空気出してたら怖くて藍ちゃんが泣いちゃうよー?」
不意にそのピリピリとした空気をぶち壊すように、もう一人の先輩、
ピリピリした空気に気を取られて、白河先輩が来たのに気がつかなかった!
「あ、白河先輩こんにちは」
「こんち!藍ちゃん今日もかわいいね!」
白河先輩はいつもわたしの顔を見るたびにそう言ってくれる。
お世辞でもやっぱり嬉しい。
わたしが照れていると、白河先輩はグリグリとわたしの頭を強めに撫でる。
ブルーグレーの髪がサラリと揺れた。
少し垂れた目といい、通った鼻筋といい全く格好いい。
言わずもがな、彼も攻略対象の一人だ。
さて、これで攻略対象は全部揃った。
しかし、肝心の主人公が出てこない。
わたしはヤキモキすると、カレンダーを見る。
日程的にはそろそろのはずだ。
「何どさくさに紛れてさわってんすか」
白河先輩の手をわたしの頭からどかしながら、ハルが機嫌悪そうに唇を尖らせている。
白河先輩はわたしの頭から手を離すと、苦笑しながらハルを見た。
「相変わらずだな、東條は」
お、まてまて……嫉妬?
コレってもしかして……ハル×白河先輩ルート解放?
ちょ、何それ見たい。
いやでもだめだ、ここは主人公が出てくるのを待たなければ……!
やはりここは基本に忠実に!
わたしがそんな妄想を膨らませていると、突如部室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
堀先輩はノックに対して返事をすると、控えめにドアが開かれた。
「あの……ここって大学生活研究会で合ってます……?」
入ってきたのはーー
このゲームの主人公だ。
色素の薄い髪に綺麗な瞳。
白い肌に長いまつ毛……うっわ、美青年!!
わたしは声に出さずにガッツポーズを決める。
やっと来た!
これでやっとゲームの物語が始まる。
あとは彼を虐めず、優しく応援すればいい。
大丈夫、わたしは腐女子。
BLの応援なんてご褒美と同じ!
こんな美青年のBLが見られるなら頑張りますよ!
「はい、合ってますよ。入部希望かな?」
堀先輩の言葉に、成瀬くんは視線を彷徨わせた後、おずおずと言葉を発した。
「いえあの……皆さんにお仕事をお願いしたくて……」
「仕事?」
白河先輩はそう言うと首を傾げる。
「ここは、大学生活を良くするためのお仕事を請け負っていると聞きました」
「ああ、うん。そうだね。みんなのお手伝いがここの仕事の主な活動だけど……何の仕事をお手伝いすれば良いの?」
白河先輩の言葉に成瀬くんは視線を上げると、わたしたち全員を見回す。
「ぼくの……恋人のフリをして欲しいんです」
わたしたちは成瀬くんの言葉に一瞬ポカンとすると、ハタと気が付いて成瀬くんを見る。
誰も成瀬くんに席を進めないので、仕方なくわたしが席を進めた。
いや、ここ好感度上げるチャンスなのに!
優しい言葉の一つもかけないの?!
成瀬くんはわたしに微笑んでお礼を言うと、席に座った。
め、メチャメチャイケメン……。
うん、攻略対象たちが次々と落ちるのも解る。
「ええと………」
「あ、ぼくは成瀬です。成瀬涼介といいます」
「で、成瀬くん。恋人のフリって……どういう事?」
堀先輩は訝しむような顔で成瀬くんを見る。
だめだってば先輩、威嚇しちゃ。
「その……ぼくにお見合いの話が来てるんですけど……ぼくは、それをお断りしたいんです」
「お断りすりゃいいじゃねえか」
ハル……それはその通りだけど、だめ。
ここで断ったら話が終わっちゃう!
「したんです、一度は。しかし、うちの家族はどうしてもお見合いをさせたいらしくて……何度も勧められている間にぼく、思わず好きな人がいるからって言っちゃったんです」
「………」
いや、ハル。
目が怖いよ。
「そうしたら、今度はその人を連れてこいっていい出しちゃって……」
「自業自得じゃない?」
堀先輩、キツい!
ていうか、このゲームの開始ってこんな開始だったっけ?
もっとみんな主人公に甘かった気がするんだけど……。
「そう、自業自得なんです。けど、もうぼくには頼れるところがここしかなくて……」
成瀬くんは可哀想なほど眉毛を下げると、その長いまつ毛を伏せた。
「あのさー、レンタル彼女みたいなのに登録するのはダメなの?」
白河先輩がまたも至極真っ当な事を言う。
「恐らく……うちの家族は探偵を使ってぼくを見張っているはずです。だから、その場凌ぎの彼女ではダメなんです。今も……もしかしたらどこかでぼくのことを見てるかもしれません」
「………」
心の拠り所、アギルまで困ったような顔になっちゃったよ!
わたしは焦ってついいらない口を挟んだ。
「つまり……数日間……もしかしたら数週間にわたって自然に恋人のフリができる人材がいる、ってことかしら?」
「はい!そうなんです!同じ大学の学生なら自然ですし、怪しまれないと思うんです!頼まれてもらえませんか?」
ええい、こんな美青年がこんなに頼み込んでるのに、何でみんな無言なんだ。
なんで「おれが一肌脱ごう」と名乗り出るものがいないんだ!
「いや、悪いけど断る」
そう、断る……って、ええええええ!
だめだよ、何でよ!
何で断るのよ!
そりゃ、突拍子もない話だけどそれはまあゲームの仕様だから仕方ないよ!
「な、何でですか……?数日間恋人のフリするくらいいいんじゃないですか?」
ていうか、その間に恋が生まれるんだから、受けてくれないと困る。
主にわたしが。
わたしの言葉に、ハルは眉を顰めて声を上げる。
「おい、おまえそれ分かっていってるのか?」
「え?」
ハルは鼻先が触れ合うくらいわたしに顔を近づけてわたしの目を見つめる。
ちょ……イケメンの顔面近すぎる!
肌綺麗!
シミひとつないじゃん、羨ましい……。
じゃなくて!
「おまえ、絶対わかってないだろ。恋人のフリするって、おまえがするんだぞ?」
うん、そう、わたしが恋人のフリ……って、えええええええ!!??
わたしは心の中で本日二度目となる絶叫をあげた。
え、いや、ちょっと待って。
確かに普通に考えたらわたしだよね。
でも、この世界はBLゲーム「君が大好き!」の世界。
ゲームではここでの選択肢はハル、アギル、堀先輩、白河先輩の四人のはず。
藍という選択肢は無かったはずだ。
しかし、今周りを見渡してみればどうだろう。
成瀬くん……正確に言えば成瀬先輩を除く四人は、酷く心配そうな顔でわたしを見ている。
つまり、この話を受ければわたしが「彼女役」をやることに何の疑問も持っていない顔だ。
いや、まってまって。
そうなれば話は違う。
わたしは必死で言葉を発する。
「いや、わたしっていう選択肢だけじゃなくない?なんならハルやアギル、先輩方でもいいんじゃないの?むしろ、その方が今後お見合いを勧められなくなるんじゃない?」
「いえ、うちの家族はもしぼくの相手が男性だと知ったら、無理矢理にでも別れさせてお見合いを決行するでしょう……だから、女性でお願いします」
な、なんですってー!?
わたしの訴えは一瞬にして却下される。
なんで、どうしてこんなことになったの?
わたしはまとまらない思考で目の前がグルグルなると、ハシッと成瀬先輩に手を握られる。
「どうか、ぼくを助けると思って……お願いします!」
両手を包み込むように握られ、その綺麗な目で存分に見つめられ、わたしは言葉に詰まる。
こ、この美しい頼み顔を断れるのか……いや、わたしには断れない……。
意思の弱いわたしを許して。
「わ、わか……わかりました……」
「本当ですか?!」
「おい、藍!」
「藍ちゃん、いいの?」
「ランサン!」
「………」
四人はそれぞれ叫ぶと、(ひとりは黙って怒りオーラを出していた)わたしに視線が集まる。
「だ、だって数日間でしょ……本当に困ってるみたいだし……」
「はい!勿論うちの家族が納得してくれるまでの間です」
成瀬先輩は笑顔でそういうと、しっかりとわたしの手を握る。
「勿論、ご一緒していただける間は、ぼくが精一杯エスコートします!」
サークルメンバーのもの凄い圧を受けてびくともしない成瀬先輩は、さすが主人公だ。
そんなわけで、恋人のフリ計画はこうして予想外の状態で始まったのである……。
BLゲームの世界に悪役女子として生まれた私がなぜか溺愛されちゃって?! 朝比奈歩 @ashvenus
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