BLゲームの世界に悪役女子として生まれた私がなぜか溺愛されちゃって?!

朝比奈歩

最強の無自覚

第1話

この世の中は平等じゃない。

それはこの世に生まれてたかだか19年しか経っていないわたしにもわかっている。

だけど……これはあんまりじゃないだろうか。

わたしは目の前で朝食のコーヒーを飲む兄……西園寺凛さいおんじりんの顔を見る。

兄である西園寺凛は泣く子も黙る人気ダンスヴォーカルグループ、AshurAアシュラのメインヴォーカル、LINだ。

背こそあまり高くないが(それでも174はある筈)スラっとしたスタイル、鈴の鳴るような爽やかな声、そして何より思わず誰もが見惚れてしまうようなその美しい顔立ちと、容姿の面でいけば全てを兼ね備えている。

これで性格でも悪ければ釣り合いも取れると言うものだけれど、これまた性格が良い。

明るく、素直で、優しい努力家。

いわゆるスパダリというやつなのだ。

わたしはため息をつくと自分の朝食を突く。

「ん?どうしたらん。何か悩み事か?」

いち早くわたしのため息に気がついた兄が、すぐに心配して声をかけてくる。

「んーん。何でもない」

わたしはそう答えると、朝食のトーストをちぎった。

「そうか?たまにしか会えないんだから、何かあればいつでも言えよ。甘えたいんならいつでもいいぞ!」

にっこりと笑うその顔は美形すぎて朝から眩しい。

眩しすぎて目が眩む。

そりゃ、こんな兄がいて、優しく甘やかされて過ごしていたら藍も我儘にもなるわ……。

……何故わたしがこんなに藍……自分の事を達観して見ているかと言うと、それには訳がある。

わたしこと西園寺藍さいおんじらんには、以前別の人物として生きた記憶があるのだ。

その以前の人物の話は別に面白くも何ともないから省くとして、その前の人生でわたしは今の自分である藍の存在を知っていた。

何故かというと、今わたしが生きているのこの世界は、以前の世界でプレイしていたBLゲーム『君は最推し!』とそのスピンオフ『君が大好き!』のゲームの舞台だからである。

……あ、ふざけてると思ったでしょ?

でも残念ながらふざけてはいない。

むしろ、それが冗談ならどれほど良かったか。

わたしは自分の頬を押さえて、小さくため息をついた。

「やっぱり何か悩みがあるんじゃないか?」

「んー。ちょっと大学の課題のこと考えてただけ。ありがと。凛兄は今日戻るの?」

「ああ。休暇は今日までだからな。兄さんが居なくなって寂しいか?」

凛兄はそう言いながらわたしの頭を優しく撫でる。

全く、この兄は妹に甘い。

「寂しいけど、わたしは凛兄の1番のファンだから、テレビの前で応援してるよ」

凛兄は芸能活動を始めてからは基本一人暮らしだ。

たまに連休が取れたりして実家に戻ってくるくらいしか会える時はない。

わたしの言葉に凛兄はニコニコとその綺麗な目を細めると、再びわたしの頭を撫でた。

さて、少しわたしの話をしよう。

わたしこと西園寺藍はこのBLが大手を振ってまかり通る世界で、何を思ったか女性として生まれた。

西園寺藍は先ほど言ったゲーム『君は最推し!』にも『君が大好き!』にも登場人物として出演している。

BLゲームで女が出てくる理由といえば二つしかない。

モブか、悪役女子か、だ。

残念ながら藍は後者だった。

『君は最推し!』シリーズでは攻略対象の凛を落とす際のお邪魔虫として。

『君が大好き!』シリーズではいまだに出てきていないもう一人の兄、西園寺蓮さいおんじれんと幼馴染の東條春人とうじょうはるとを落とす際のお邪魔虫として登場する。

藍は性格はキツく、兄たちや春人に対する態度と主人公に対する態度がまっっったく違う、我が儘お嬢様だ。

そして、主人公が攻略対象とくっついた際には、藍が主人公に行った悪行が白日の元に晒され、兄たちや幼馴染に総スカンを喰らい、すごすごと家を追い出されるというお決まりパターンで終わる。

わたしはそれを想像するとブルリと震える。

ゲームをしていたときには、藍の嫌がらせの数々を思えば正直「ザマァ!」と思ったが、自分がこの立場になれば話は別。

自ら墓穴を掘ることはしない。

幸いわたしには前世の記憶があるから、なんとかバッドエンドフラグを全部叩き折って平穏無事に生きてやる!と言うのが目下の目標。

というわけで、先程の凛の言葉にも「嫌だ!お兄ちゃん行っちゃやだ!」というゲームの台詞を叩き折り、そつなく返事をした。

わたしはこの世界で平穏無事に……そして、願わくば素敵なBLを存分に愛でて……ゴホン。

わたしはご馳走様と言って食器を台所に持って行くと、もう一人の兄、西園寺蓮がにっこりと微笑む。

「ちゃんと食ったか?お前は食が細いから心配だ」

この兄も芸能活動こそして無いが、ベクトルは違えど凛兄と遜色ない随分なイケメンだ。

身長は180㎝を超え、理知的な爽やか系美形なのである。

ちなみに昨年インターンを終え、小児科医として区内の総合病院に勤めている。

もちろん患者である子供からもその親からもその性格と姿で大人気だ。

わたしは食器をさっと洗うと、鏡の前で身支度をする。

兄二人に比べて……わたしの顔はとても平凡だ。

不細工というほどではないが、美人ともいえない微妙なライン。

おかしいなぁ、ゲームの中の藍は性格は悪いけど美人、って設定だったはずなのに。

それをいい事に、読者モデルなどをして、あの手この手で芸能人である凛のそばに陣取っていたキャラだからだ。

わたしはため息をつくと髪を整え、大学へ行く準備をする。

まあ、変わらないものを嘆いても仕方がない。

そもそも、わたしの目標はバッドエンドを迎えず平穏無事に!が目標の筈だ。

それにはこのくらいの容姿が丁度いいかもしれない。

そう考えていると、玄関のチャイムが鳴る。

「はーい」

わたしより少し早く、凛兄がドアモニターを見やる。

そこに写っていたのはわたしの幼馴染……件の攻略対象の一人、東條春人だ。

「お、春人か!今出るよー」

「あれ、凛兄、帰ってたの?」

モニター越しに和やかな会話をすると、凛兄はニコニコしながら玄関ドアを開ける。

そこには春人が車のキーを片手に立っていた。

「おはよう、凛兄」

「はよ、春人」

目にも鮮やかな金髪をたなびかせて、イケメンのハルが凛兄と話しているのは朝から眼福である。

ハルは攻略対象であるから、当然のように美形だ。

ド派手な金髪とピアスで、一見見た目は軽くて怖そうなイメージだが、実はとても優しい。

藍が好きになるのもわかる。

「こんな朝早くからどうしたんだ?」

「藍を迎えにきた」

そう、同じ大学だからとハルはいつもわたしを迎えにきてくれるのだ。

とっている講義が同じなので、登校時間もほぼ変わらない。

「えー、そうなんだ!今日はおれが送ろうと思ったんだけど」

あ、凛兄のシスコンが出た。

送るって言ったって、凛兄車ないじゃん。

凛兄みたいなド派手なイケメンが通勤ラッシュの電車乗るの?

凛兄とハルが話していると、蓮兄もダイニングから現れる。

「おはよう春人。いつも悪いね」

「おはよう蓮兄。どうせ同じところに行くんだからこれくらい何でもない」

春人はそう言うと、わたしへと視線を向ける。

「おはよう藍。支度はできたか?」

「おはよ、ハル。いつでも行けるよ」

そう言うと、わたしは玄関に降りて靴を履く。

「じゃあ蓮兄、凛兄、行ってきます」

わたしがそう言うと、蓮兄、凛兄の順でハグをしてくれる。

いや、ここ日本だから。

ハグとか欧米の文化じゃない?

わたしは苦笑いをすると、玄関のドアを閉める。

ハルはサッと車の助手席のドアを開けると、どうぞと言わんばかりにスタンバイしている。

うん、イケメン。

でも願わくばそういうのは、本編の主人公にやって欲しい。



わたしはハルの車の助手席に乗り込むと、ハルは運転席に乗り込み、エンジンをかけた。

車が動き出し、いつもの道をゆく。

「ねえ、ハル。前にも言ったけど、毎回送ってくれなくてもいいよ?大変でしょ」

「さっきも言ったけど、別に行く場所は同じなんだ。大変でも何でもないから気にすんな」

わたしの言葉をさらりと返すと、ハルは表情を崩さずに運転を続ける。

ハルは基本的にあまり表情を崩すことがない。

だから周りからはクールビューティーとか、氷の王子様なんて呼ばれているが、その内面がとても面倒見が良く優しいのを知っている。

だからこそ幼馴染のわたしの面倒もせっせと見てくれるんだけど、こう毎日送り迎え(なんと帰りまで送ってくれるのだ)されると、ちょっと心配になる。

なぜなら、本編の主人公と出会うのがもうすぐだからだ。

……まあ、主人公と出会って恋に落ちたら、わたしの面倒なんて見てる暇なくなるだろうから、それまでは甘えておこうかな。

そうなったらちょっと寂しいかもしれないけど……バッドエンド回避のためだ、もちろん邪魔はしない。

そして、あわよくば美しいBLのアレコレを横から堪能させていただこう。

「一限は……生体の構造Ⅰだっけ?」

「そう、朝っぱらからヘビーだよな」

「小テストあるって言ってたよね」

「言ってたな。……じゃあ問題。脳の12対の神経を全て答えよ」

「えーと……嗅いで視るだから……臭神経、視神経、動眼神経、滑車神経、三叉神経、外転神経、顔面神経、内耳神経、舌咽神経、迷走神経、副神経……舌下神経!」

「正解」

「問題。ではそれらを全て英語で答えよ」「olfactory nerve、optic nerve、oculomotor nerve、trochlear nerve、trigeminal nerve、abducens nerve、facial nerve、vestibulocochlear nerve、glossopharyngeal nerve、vagus nerve、accessory nerve、hypoglossal nerve」

なんだかんだで優秀なハルは、わたしの問題にスラスラと淀みなく答える。

わたしなんて昨日小テストの勉強、凄いしたのに!

そう、私たちは何を隠そう医学部の学生なのだ。

医学部に通ってて金髪ってどうよって思うけど、まあこの辺りは元がゲームだからご愛嬌だ。

もちろん、ポリクリ(臨床実習のこと)までには戻さざるを得ないだろうけど。

ちなみにわたしは眼科医を目指している。

そうこうしてるうちに、私たちは私たちが通う大学へ着いた。

駐車場へ車を置き、私たちは教室へ入る。

わたしが適当な席につくと、当然のようにハルはその横に座った。

うーん。

わたしとしては主人公が現れた時のために少し離れて座りたいのだけど、座った後で離れるのは「あなたと一緒に座りたくない!」って言ってるみたいで気がひける。

結局、そのままの席でわたしはテキストを出した。

「おはようございマス!」

わたしが机に座ってテキストの準備などをしていると、少し片言の日本語が聞こえる。

「おはよう、アギル」

彼は留学生のアギル・シーラージだ。

浅黒い肌に彫りの深い顔立ち、ブルーグレーの瞳が美しいイケメン。

彼も攻略対象の一人。

いつもニコニコしていて、わんこ系担当の攻略キャラだ。

「ここ、いいですカ?」

アギルはそう言うと、わたしの隣を指した。

「勿論。どうぞ」

アギルに関しては、わたしはお邪魔虫キャラでは無いから少し気を抜いて話すことができる。

わたしの言葉に、アギルは嬉しそうに座ると、ハルにも視線をやった。

「おはようございマス、ハルトサン」

「……おう」

もう、ハルってばなんでアギルにそんなそっけないの。

……あれか、将来のライバル的な感じで虫の知らせが来てるのかしら?

「ランサン、今日の髪飾り、新しいデスカ?」

アギルはハルの塩対応にも全くめげず、わたしに話しかける。

うーん、癒し系キャラだわ。

「あ、そうなの。昨日兄がくれたんだ!」

凛兄がバラエティー番組のロケで行ったお店で見つけたそうだ。

こういう心遣いがモテる所以なんだろうな。

「そうですカ。お兄サン、とっても優しい。それに、とってもよく似合ってマス!とってもカワイイ!」

アギルはニコニコしながらそういうと、わたしの髪飾りをチョイチョイと触った。

う、なんか照れる。

わたしの容姿なんて平凡なものなんだけど、イケメンに褒められたらそりゃ悪い気はしない。

「えへへ、ありがと」

「……おい、もう教授来たぞ」

わたしとアギルの会話に、何故か不機嫌になったハルが割って入る。

「おっと、そうデスね。前を向きましょウ」

ハル……何でこんな天使のように優しいアギルに厳しいのよ……。

わたしは聞こえないように小さくため息をつくと、前を向いた。

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