②そのマークには
「ハッシュタグ…が、怖い。」
「は!?」
柳葉は耳を疑う。
「ハッシュタグって、#のマークのことか!?」
「ああ、やめてくれ!その名前を聞くだけでも、気分が悪くなってくる…」
意地悪な柳葉は、まだ青島の発言が理解できない。
彼は自身のインスタグラムを起動し、とびきり「#」の多いクラスメートの女子の投稿を青島に見せつけた。
「うわぁ!!やめてけれぇ~~!」
青島は、体をガタガタと震わせて、頭を抱えて俯いた。
「はっはっは~!」狼狽している青島の様子に、柳葉は笑い転げた。
クラスメイトも、「なんだなんだ」と集まってきて、事情を聞いては訝しがり、実際にハッシュタグに怯えている青島をあざ笑った。
クラスメイトたちは、自分のSNSの#がついてある部分を青島に代わる代わる見せつけた。
「うわ!ひえぇぇぇっ!」
青島のリアクションが特徴的だったので、クラスメイトたちはますますおもしろがる。
彼の様子を撮影して、「#怖い」というタイトルをつけて、ライブ配信するものもいた。
クラスメイトからの、#攻撃に憔悴しきった青島は、白目を剥いて意識を失いかけていた。
そんなとき、クラスで一番の秀才は、声を張り上げた。
「みんな!!このような低俗な行為はやめよう!!!」
クラスでも一目置かれている彼の発言に、クラスは静まり返る。
白目を剥いていた青島は、口元を歪ませる。
「正直に言ってぼくは、青島くんのこの告発はフェイクだと思っている。
つまり、演技だ。本当に青島くんは、#が怖いのだろうか?」
「たしかにそうだな。自虐ネタで笑いをとっているのかもしれないし…」
クラス内には、青島の#恐怖論に異論を唱える意見が、飛び交い始めた。
ここで青島が声を張り上げた。
「みんな、聞いてくれ!
俺は本当に「#」ハッシュタグが怖い。その理由を話そう。」
クラスメイトたちの目には好奇な目が戻っていた。誰もが青島の言葉に耳を傾ける。
「俺は昔から、RPGゲームのドラゴンクエストが好きやった。
ドラクエをプレイして、井戸の中に入って、小さなメダルを手に入れるのがたまらなく好きだったんだ。
そんな俺は幼いころ、田舎に帰省していたときに、ドラクエの世界でみるような井戸を見つけた。
まるでドラクエの主人公になった気分になって、井戸の中を覗き込んだら、誤って井戸の中に落ちてしまったんだ。」
青島の表情は真剣そのものだった。過去のトラウマを、カサブタをはがすように、丁寧に言葉を紡いでいった。
「井戸に落ちた俺は、恐怖に震えた。約5mの井戸の底は、太陽光も殆ど差し込まない。
ドラクエの世界のように、井戸の上から垂らされたはしごも、ロープもなかった。
叫んでも、叫んでも、誰も助けにきてくれない。
脱出を諦めた俺は、じっと体育座りで座って体力を温存し、地面にたまった雨水を飲んで飢えをしのいだ。
救出されたのは3日後だ。
行方をくらました俺を心配した両親が警察に通報し、決死の捜索が行われた末だった。」
クラスメイトは、神妙な面持ちで青島を見つめていた。
女子の中には、彼の過去の艱難辛苦に思いを馳せて、涙を浮かべるものもいた。
青島はさらに、言葉を続ける。
「それ以来、俺は井戸アレルギーになった。井戸を見ただけで、体の震えが止まらないんだ。
井戸だけでなく、「井」という文字をみるだけで、あの忌まわしい井戸のことを想像して、気分が悪くなってしまうのだ。
俺は阪神ファンだったが、かつて井川慶が大活躍したときは大変だった。
井川を応援したいのだが、井の字がどうしてもダメなんだ…
みんなは、けったいな話だと、思うかもしれない。だが、これは本当のことなんだ。」
青島はそう言って、チョークを手に取った。
手をわなわなと震わせながら、黒板に、「#」マークを書き込む。
黒板に描かれた「井」の文字…
そして、「うわっあ!」と、叫び、黒板消しを手に取り、自らその文字を消し去った。
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