第28話 木枯らし

 夜会が立て続けにあると、時間を持て余すことが多くなる。だから私は、ロザリーさんにお願いして、外の掃きそうじをさせてもらっていた。

 働かざるもの食うべからずだしね。


 「さむいさむい」と手に白い息をふきかけて、ぼんやりと空を見あげる。

 デルマ、元気かな。


「なに見てるんだ?」

「わっ!」


 これから出かけるところなのか、レンヴラント様が今日もまた、カッコよい姿で立っている。こんなにすぐ近くにいるとは思わなかった。


「え? えぇと、家のこと少し。ビックリしました」


 とにっこり笑顔をつくる。


「そうか、」

「なにかご用事でしょうか?」


 前はよく家の事を聞いてきたというのに、今はあまりそれをしなくなった。むしろ、今、聞いてしまった事に、すこし気まずそうだった。

 そんな気遣いに、嬉しく思うと同時に、少しの苛立ちを覚える。


 話しかけてもらうのも、私の立場からしたら、ありがたい事なんだろうけど、これからたくさんの女性の相手をするのか、と思うと、モヤッとしてしまう。

 理由はそれだけじゃないけどね。


 分かってる。

 別に、彼は好んで行ってるわけではなく、ウォード家の人間として出なくてはいけないんだから。でも、どうしても、仮面舞踏会の時みたいにされる女性ひとがいることを想像してしまうのだ。


 なんて、身勝手な想い。


「お出かけなのではないのですか?」


 シュッ、シュッ

 後ろを向き、せっかちに音を立ててほうきを動かす。この気持ちを悟られませんように。



 昼と夕の境目であるこの時間は、季節によって色合いが違う。今の時期は太陽が急激に傾いて、レティセラの髪を暖かそうに照らす。

 

「今日は髪を下ろしているんだな」

「え? あら」


 レンヴラント様は、私の髪を触っていた。


「そういえばさっき、つよく風が吹いたから、ほどけてしまったのですね」

「……柔らかい」


 枯葉と同じ色の、ふわっとした私の髪を、手のひらにのせて微笑む姿にドキッとする。


「お前、雪を見たくないか?」

「いきなりどうしたのです?」


 まだ、話をしていたい、と思ってくれるだと思うと、嬉しいのに、切なく思う。


「生きているうちに、一度は見てみたいですね」


 この国では、雪が降るところは限られている。もちろん、領を出たことがない私は見たことがない。


「なら、来年の冬、タラッサで祭りがあるんだ。一緒に行かないか?」

「それは、」


 彼の手から、さらりと髪がこぼれていくと、レティセラはにっこりと笑った。その時、胸がズキっと痛み、胸元で手を握りしめる。


 その頃には、私はここにいない。


「難しいかもしれません」

「お前はなんで、いつも、そうやって笑ってるんだ? 辛いなら辛いって言えばいいだろう」


 そう言われて、笑顔を消していく。伏目がちにポツッと言葉がこぼれた。


「…………から」

「え?」


 その声は小さかった。彼が耳を近づけると、かすかな香油の匂いが鼻をかすめる。


「私だけは、かわいそうじゃない、と思ってあげたいから、ですかね」



「…………」


 側から見れば、私、いや私たちの境遇というのは、可哀想だと言われるだろう。だけど、そうやって思われる事こそが、よほど惨めに感じる。


 これは、強がり。だけど、『自分は可哀想じゃない』って思っていたほうが、毎日が一生懸命になれると思うんだ。


 レンヴラント様はどう思うのだろう。強がりだって笑い飛ばすのかな。

 それが知りたくて、彼の顔を不思議そうに見あげた。


「誇らしいな」


 彼は私の髪についていた枯葉を指でつまみ、愛おしそうにそれを眺めながら言った。


 きょとん、とする。


「もしかして、熱でもあるんですか? イテっ! 叩かないでくださいよ」

「せっかく、褒めてるんだから嬉しそうにしろよ」


 ささやかな風が、カラカラと音を立ててざわつき始める。それは、ざぁーっといつ木枯こがらしに変わって、モヤモヤした気持ちや、切なさを枯葉と共に舞いあがらせる。


 空で力を失った葉っぱが、陽で透けて

 ひらり ひらり

 雪のように降りそそぐ


「あぁ、せっかく集めたのに」

「はは、髪がすごい事になってるぞ」


 慌てて手櫛てぐしで髪を直していると、向こうにアルバート様が歩いてきているのが見えた。


「いってらっしゃいませ」

「あぁ、行ってくる」


 最後に、コツン、と頭を叩かれる。

 誇らしい、という言葉が、自分の存在を認めてくれたようで嬉しかった。

 行ってしまう彼の背中に微笑みかけ、レティセラは「ありがとう」と呟き両手を胸に抱きしめた。

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