第26話 ティーカップのプレゼント

「どうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 レティセラがレンヴラントの前にお茶を置くと、手が伸ばされて、2人の指先が触れる。


「あ、すみません」

「あぁ、すまない」


 それにびっくりしたレティセラは、頬を少し赤くして手を引っ込め、胸の前でもじっと握り合わせた。


 ここのとこ、こんなやりとりがよくある。


 もう、書類を見たままで、手元を見ないから……


「コホンッ」


 その光景を見ていたアルバートが、わざとらしく咳払いをした。


「レティセラさん、荷物が届いたようなので、取りに行ってきて頂けますか?」


 彼は窓の外に目を向けていた。


「はい、畏まりました」


 にっこりと笑って、レティセラが廊下を歩いていく。スカートが今日もふわふわと、楽しそうに揺れていた。



 もう12月。吐く息がいつの頃からか白くなり、もうすっかり冬になっている。

 年の瀬が近くなってくると、レンヴラント様も仕事が立て込むらしく、塔城することが増え、机に置かれる書類も多くなった。


 それもあってか、私たちの関係は変わる事なく、相変わらず雇い主と使用人である。あの日の事は、一夜限りの”夢”みたいなもの。

 当たり前なんだけどさ。ここだけの話、ちょっとだけ、私の事を……なんて期待したのはないこともない。


 私を池に突き落としたミランダ様は、今後ウォード家と関係ある夜会に出ることは禁止されたらしい。

 なぜ、私を標的にしたのかは詳しく分からないけど、たまたまレンヴラント様と、親しげにしていたところを見かけて嫉妬したらしい。


 まぁ、レンヴラント様はモテるだろうし、貴族界にしたらこういうことが起きるのは、珍しいことではないんだろう。

 私も安易にそういうところを見せないように、とアルバート様から言われてしまった。


 そんなことがあったから、ウォード家にお客様がいる間、私は本館の客室で過ごすことになった。


 その後は、またレンヴラント様にご奉仕をさせてもらっている。変わったことといえば、何となく彼と目が合うことが多くなり、名前を呼ばれるようになった事だろうか。


 たまには意地悪なことを言うけど、嫌じゃない。不思議だなぁ。前はあんなにムカついたり、怖がったりしていたのに。




 玄関口まで行って、両手に収まるくらいの箱を受け取ると、また執務室に戻ってきた。


「お持ちしました」

「ありがとうございます。そこに置いて、中を開けてみてください」

「え、よろしいのですか?」

「えぇ、あなたのですから」


 私に?

 レティセラは、なんだろう、と思って箱を開けてみる。


「これは、ティーカップですか?」

「そうですね」


 白くて、丸っこくい可愛らしい形をしている。中には銀の飾りが入っていて。


 すごく高そう。


「あの……こんなものを頂くのは」


 気がひけますよ。


「あなたはもうすぐ誕生日という事なので、少し早いですが、わたくしから、というか、わたくしの妻が贈りたかったみたいです」


「え?」


 アルバート様の奥様は、私の前に専属メイドをしていた方だ。会ったこともないのに、こんな風に気をかけてくれるなんて、なんでできた人なのかしら。


「遠慮せずにもらってください。そうしないと、わたくしが叱られますから」

「そうなんですか!?」


 なんでも完璧にこなすアルバート様を叱るなんて、さすが専属メイドをなさっていただけある。これは、素直に受け取らないと迷惑をかけてしまいそう。


「では、お気持ちに甘えて、ありがたく頂戴いたします」

「お茶を飲む時、それを使ってくださいね」


 と、言われてレティセラは頷いた。


「お前の誕生日は今月なのか? いつだ?」

「実は、末日なんです」


 そう、年の一番最後の日。それが、私の誕生日だった。それも、ここ最近は祝われることはなかったから、正直、じぶんも忘れてたんだよね。


「そうか、末日だな」


 なんだか悪い予感がする。


「あの、高価なものはやめてくださいね」

「なんだ、レティセラは何か欲しいものがあるのか」


 レンヴラント様が頬杖をついて、にっこり、と笑った。

 ぐ……

 墓穴を掘ってしまった。


「そんなことはありませんよ!!」


 そんな強請ねだるみたいなこと、私のプライドが許しませんから。


「あの時は、素直だったのに」


 ボソッと言った声が聞こえてしまった。思い出して顔が真っ赤になる。


「私、寝室の掃除に行って参ります!!」


 思い出しても恥ずかしすぎる。だけど、あれは悪いものではなく、ひと時だったとしても、私の記憶の宝物になっている。


 気になることといえば、専属メイドを続けて欲しいと言われたこと。いつまでに返事をすればいいのかしら? 彼は言った通り、あの後そのことついて触れる事はない。


 今のところ、答えは変わらないけどね。あぁ……また!


 レティセラは逃げるように部屋を出てくると、思い出して、頭から湯気が出始めた。

 専属メイドたるもの、こんなんじゃいけない!

 掃除に没頭して煩悩を追い出す。レティセラは彼の部屋ではたきを振り回していた。

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