第25話 彼の願いごと
※※ ここはグレーのような気がするので、性描写のタグをつけました。苦手な方はご注意ください。
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「お前は、自分が何してるか分かってるのか?」
握られた手に力が込められる。手のひらが熱い。見おろしている視線は艶っぽくて、何か思い詰めたような、そんな険しい顔をしている。
あ……
酔っているとはいえ、いくらなんでも、こんな
怒ってるんだ……
「すみませんっ! 降ります」
レティセラは涙ぐんで、預けていた体を起こした。
「違う、危ないから大人しくしてろ」
「失礼なことしてしまったから、怒らせてしまったのでしょう? ……ごめんなさい」
「ちょっと落ち着けよ!!」
ジタバタと体を捻ってもがくと、ようやく腕が外れて……
落ち、る。
そりゃそうだ、抱えてもらっている腕の支えがなくなったんだもん。でも、こんなフワフワした状態じゃ、そんな判断も出来ないから、スローモーションで近づいてくるテラスの床を、私は最後まで見ずに、力一杯目をつぶった。
ドテンッ!!
髪を飾った真珠が、パラパラと音を立て、レティセラの髪が床に散る。
だけど不思議と、どこも痛くはない。
ゆっくりと目を開けると、目の前にチョーカーの紐が揺れていて、大きな影に覆われている。潤む瞳にその人物が大きく映り込んだ。
「大丈夫か?」
「……なぜでしょう、どこも痛いところがありません」
「当たり前だろ、落ちる前に庇ったんだから」
そう言った彼の吐いた息が前髪にかかり、額をムズムズさせる。
焦ったように覆っていた影がなくなっていく。雲が晴れていくみたいに、見えた星空が不安で、レティセラはのそのそと体を起こした。
彼は、ちょうど立ちあがり、服を
「怪我が!」
「ん? あぁ、ちょっと擦ったんだな、これくらいどうって事ない」
そう言って、彼は笑いながら私の手を引っ張り、ふんわりと抱きしめた。
速く刻む鼓動と深い息に、戸惑いと、安堵と、少しの甘さが、得体の知れない飲み物みたいに、ぐるぐると色鮮やかに混ざり合ってるよう。
「怒ってるんじゃなくて。どうしていいか戸惑っていただけだ。あまりにも……いや。あんまり、心配させないでくれ。怖くて仕方ない」
「そんなにですか?」
懐から上を見あげると、彼も私を見ていた。
「お前は、無防備すぎるんだ。さっきのが俺じゃなからったら、たぶん食われてると思うぞ」
お互いの視線が絡み合う。布越しの拍動に手を置くと、またさらに速くなって。それは、一つのもののようで、同時にどちらのとも言えないものになっていた。
もし、私が────
「……食べられちゃうなら、レンヴラント様がいいです」
どうして、そう言ったのかは分からない。けど、自然と口から溢れてしまった。
月明かりが強くなる。それが眩しくて、レティセラはゆっくりと瞬きをしてから、じっとレンヴラントの見つめていた。
これは、目を逸らせない病気かもしれない。なんて事を思いながら。もう心も体も熱に浮かされてぼんやりとしている。
だんだん、顔が近づく
私、本当に食べられちゃうのかな……
そう思いながら目を閉じる。
「……ん」
首筋の刺激に胸がキュンと跳ねた。柔らかくて、少しの湿り気が徐々に粘りを帯びる。
耳許でする、くちゅっ、とした音が、ゾクリと唇を震わせた。
「ふぁ……ぁ」
自然と背中に回した手が、荒く服を掻きむしる。赤い色を帯びた吐息が口から漏れて、膝が骨を失ったみたいにカクンと抜ける。
心臓が、飛び出してしまいそう。
トロンとしたレティセラの目には、歪な形の月が映っていた。
「……バカ。軽々しく『食べられていい』なんて言うんじゃない」
レンヴラントはため息をつくように言った。今度はぎゅぅっと、力強くレティセラを抱きしめ、髪に顔を埋めて目を閉じる。
自分を抑えるように。
そうしないと、本当に押し倒してしまいそうだったのだ。
その様子が、レティセラにはしがみついて甘えてくれているように見えて、可愛いくて、心に何かを満たされていくようだった。
しばらくそうして、ひとつの体温を感じながら星空を眺める。
────キラリ、と星が流れた。
「あ、流れ星!」
レンヴラントの体がピクッと動いた。
「願いごと、ちゃんとしたのか?」
体が離れていく。だけどまだ近く、息がかかる場所に、すぐに触れられる場所にいる。
「私のお願い事は叶ったので」
夜会に行きたいという願いを、私はこの人に叶えてもらった。
レティセラは手を伸ばして、レンヴラントの傷ついた手の甲を包んだ。クリーム色の、ほんの小さな温もりが傷を癒していく。
私にはこんな、おまじないみたいな事しか出来ないけど。
「今度は、私がレンヴラント様の願いを叶えますよ」
「願いごとか……」
彼は考えるように少し黙り込んだ。
「今日は、ありがとうございました。すごく楽しかったです」
「それはよかった」
「そろそろ戻りましょうか。髪も外れてしまったし」
「レティ」
え……?
コンコン、とヒールの音をさせて、中に入ろうとしていると呼び止められた。
「今、なんて?」
「ずっと……ずっと、ここで専属として働いて欲しい」
愛称を呼ばれたよりも、ずっと驚いた。
できることなら『はい』と言いたい。けれど、私には弟を見捨てることなんてできない。だからといって、これだけしてもらっておいて、弟もここで面倒見て欲しいというのも、彼を利用しているみたいで気が進まなかった。
「それは……」
「返事は今すぐじゃなくていい。だが、よく考えて欲しい」
その表情があまりにも真剣だったから、私は、できない、とは言えなかった。
「分かりました。考えてみます」
私が頷くと、彼も同じように首を振った。
「じゃ、帰るか」
「そうですね」
まだ、仮面舞踏会は続いている。だけどもう、髪は乱れ、心も乱れ。体の力も抜けてしまっている。それに、お互いなんだか恥ずかしくて、とても踊れそうにない。
ううん。それもあるけど、この気持ちを抱きしめて、今日はもう眠りたいと思った。それは彼もだったのか、黙ったまま私を抱えて客室まで送り届けると、別れ際に深くため息をついて彼は帰っていったのだった。
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