第24話 仮面舞踏会の飲み物

 手を引かれて会場に入ると、音楽はもう流れていて、みんな踊り始めていた。そこにいる全員が、仮面をつけていて、夢の世界のような雰囲気がある。


「俺と踊れるんだから、ありがたく思えよ」


 ニヤリ、と冗談ぽく、レンヴラント様が笑った。ダンスホールに引っ張られて、鳴っていたヒールの音を止める。


 夜会に憧れているんだもの、もちろん、いつかの時の為にダンスも練習している。だけど、突然本番なんて自信がない。


「ん、お前もしかして踊れなかったか?」

「いえ、そうじゃないんです、けど」

「けど?」

「誰かと踊ったことがなくて……」


 足を踏んでしまったらどうしよう。

 表情を曇らせていると、グイグイと押されて、あっという間にホールドされてしまった。


「別に上手くなくたっていい。まぁ、多少間違えたって、この俺が相手なんだから、フォローくらいしてやる」


 なんて偉そうなの?

 思ったけど、頼もしい。フッと微笑んでレティセラは頷いた。


「お言葉に甘えます」


 その、レンヴラント様のお手並みは、というと。


 ────めっちゃ上手い! やっぱり場数こなしてるんだもんそうだよね。


 どんなにバランスを崩したって、足を踏みそうになったって、そのたんびに私の体勢を立て直してくれる。


「もう一曲踊るか?」

「……もう無理、はぁ、はぁ」


 それで息すら切らせてないんだもの。私は一曲だけだというのに、足がプルプルしてて。それを見たレンヴラント様が口を押さえている。


「もう、笑うんだったら笑ってくださいよ!」

「悪い……初めて踊るんじゃそうだよな。あそこで待ってろ。飲み物を取ってきてやるから」


 え、


「いえ、私がとってき、」

「こういうのは、男がやるもんだ。それに、その足でグラスごとコケたらどうするつもりだ?」

「ぅぅ」


 返す言葉もありません。


「大人しくしてろよ」


 私を椅子に座らせて、レンヴラント様は飲み物を取りに行ってしまった。目に見えるところにいるのに、後ろ姿が遠くなるだけで、不安になる。

 早く戻ってこないかな。

 眺めていると、どうもアルバート様と何かを話していて、なかなか帰ってこない。


「こんばんは、お嬢さん」


 突然声をかけられて振り向くと、目の前をグラスに覆われる。


「こんばんは。ありがとうございます」


 どうしていいか分からないけど、お断りしない方がいいのかな?


 グラスを受け取り、レティセラがニコッとすると、相手も同じように微笑んだ。


 あ、この人。さっきの綺麗な男の人だ。近くで見るとその本当にそう思う。なんていうか、レンヴラント様がカッコいいとしたら、この人は、美しいという言葉が似合う。そんな中性的な印象だった。


 お相手の方は、どこかにいってるのか、そばには見当たらない。


「パートナーさんはどこかに行かれてるんですか?」

「うん、ちょっとね」


 その間に他の女性に声をかけるなんて、もしかしてプレイボーイってやつなのかしら。


「あぁ、ごめんね。突然話しかけたら警戒するか」

「すみません、そんな顔してましたか?」

「いやいいよ。レンが仮面舞踏会の招待状を送るなんて初めてだから、どんな子なのかと思ってね」


 目はレンヴラント様に向いている。レンとは、こういう会で使う、レンヴラント様の愛称なんだろう。


「お知り合いなのですか?」

「うん、ちっさい頃からよくね」


 そうなんだ、とレティセラは飲み物に口をつけた。


 小さな頃のレンヴラント様にも興味あるけど、この2人が一緒にいたら、さぞかし夜会では視線を集めるんだろう、と思うと、なんとなくもやもやとする。

 どうやっても、その光景には自分はいない。


「でも、よかったよ。君はいい子みたいだ」

「え!?」


 それは、どういう……


「おい、シオン! 人がトイレに行っている間に何をしてる!」


 シオン、と呼ばれた男の人の首根っこが、凛々しい女性に掴まれてた。怒ってるみたい。どうしよう、手を出した、なんて勘違いされたら。


「あの! すみません、私のパートナーとお知り合いだと聞いたので、話をさせてもらってただけでなんです!」


 レティセラは彼女に向かって頭を下げた。


「あはは、君はやっぱりいい子だ」

「コイツが誰と話そうがそんな事どうでもいい」

「エヴィ、酷い」

「何が”酷い”だ。人の恋路に茶々入れるんじゃない。帰るぞ」

「えぇ、ちょっと! なにするんだよ〜。あ、君、レンのことよろしくね」


 そう言いって手を振りながら、彼は引き摺られていく。

 ふふっ、面白い人たち。

  2人に手を振って見送った後、もう一口グラスを傾けた。

 やっぱりこういう場は、飲み物も特別なのだろうか。グラスを持つ手が痺れて、体がジワジワとしている。


「おい。お前、なにしてる」

「あ、お帰りなさい。えぇと、さっきレン様のご友人の方と話していて、あれ?」


 レティセラが振り向くと、フラリ、と倒れかけて、腕で受け止めてもらう。


「大丈夫か? 具合でも悪いのか?」


 ふわふわしている。

 具合悪い? やだな。まだ、帰りたくないのに。


「大丈夫ですよ」


 気分は最高にいいもの。


「おい、バカ!」


 もう! その口、もうちょっとどうにかならないの?


「どーせ、あなたは私のことを『おい』とか『お前』とか『バカ』とかしか言わないんですよーだ」


 レティセラは口を尖らせて、持っている空のグラスを彼の顔の前で振った。


「なんで酒を持ってるんだ。酔っ払ってるじゃないか!!」

「え!? これお酒だったのですか? ……どうりで」

「感心してる場合じゃない!」

「ふふふ」

「ああ、もう!」


 私を抱えて歩いていくレンヴラント様が、とても困った顔をしている。それを、私がさせている、のだと思うとちょっと嬉しいのだ。


「飲んだことないと思ったから、違うのを取りに行ってたのに」


 ぶつぶつ言っているのが、子守唄に聞こえる。

 それに、ゆりかごに揺られているみたいで気持ちいい。テラスに出たのか、夜空が見えて、ぽっかり浮かんだ月と、瞬いた星が笑っているように見える。

 冷たい空気が、まだ眠るな、と頬をつついた。


「レンヴラント様は、本当にカッコいいですね」


 眠さを堪えて、見えているものを掴むみたいに、手を伸ばした。指先で感じる、頬のすべすべした感触を確かめて、私の顔は、へにゃっ、としてもうとろけてしまっている。


 レティセラの肌は、ほてって桃のような色をしていた。


 ふふっ、困ってる困ってる。


「おい……あんまり煽るな」


 レンヴラント様はそんな私を黙って見下ろしたあと、そう言って、私の手をつかみ、ぎゅっと握った。

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