第23話 赤い鳥
不思議な気分だ。
ここでメイドとして働いている自分が、まさか、お客様のような綺麗な格好をして、第2広間に向かって歩いているなんて。
そこは、4日目最後に行われる、仮面舞踏会の会場になる場所だった。
一歩。
踏みしめるたび、体に『はやく』と急かされて、早足になっていく。走り出さないよう、気持ちを抑える代わりに、心臓がドキドキと心地よい旋律を刻む。
私にとって、夜会への憧れはとても大きい。だけど、それよりも、本当に彼なの? という期待の方が今は大きいと思う。
会場の手前にあるラウンジでは、待ち合わせの人がたくさんいて、入り口で係の人に言われて招待状を出した。その人を見て目をぱちくりとする。
「アルバ……」
「ここでは、名前を言ってはダメですよ」
彼は、人差し指を立てた。
「ご案内したします」
アルバート様らしき人の後を歩きながら、ラウンジを見回すと、レイチェルさんの姿の見つける。よかった。無事に来ることができたらしい。他にも、使用人らしき人が来ている。
思ったより結構人がいるんだな。
明らかに高貴だと思われる男性が、私を見て、隣にいる人に耳打ちをしている。素敵な金髪。仮面をしていても、すごく綺麗な顔立ちなのがわかる。
隣にいる人は、パートナーかな。なんだか、女性の方が、凛々しく見えるのが面白くて、口許をキュッと持ちあげた。
「お嬢様、よそ見なさらないで、ちゃんと着いてきてくださいね」
「す、すみません」
いけない、完全に浮かれてる子だ。
空いていた距離を埋めようと小走りになった。
「走ってはなりませんよ。急がなくても無くなりませんから落ち着いて歩いてきてください」
「……はい」
そうだ、落ち着かなきゃ。
息を深く吸って、レティセラは歩き始める。普通なら、待ち合わせは、ここのラウンジを使うはずなのに、案内人はどんどん奥に進んでいく。
どこまでいくんだろう、と思っていると、テラスの前で止まった。
「さぁ、どうぞ」
扉を開けてもらい、慎重に外に出る。なんせ履き慣れないヒールの高い靴だ、転ばなように気をつけないと。案内してくれた人は、お辞儀をしたあと行ってしまった。
ラウンジとは違い、シン、としているテラス。ヒールの音が沈黙を解いていく。あまり灯りはないけど、満月が大きな顔で見おろしているから。その青白くて、幻想的な世界に立つ存在を教えてくれる。
殆ど毎日見てる人だもの。シルエットだけで分かった。
嬉しくて。こんな所に、1人でちょっと心細いと言うのもある。だから、私は知らずに駆け寄っていた。
「きゃっ!」
「バカ!」
「……すみません」
仮面越しでもわかる。本当にこんな格好いいなんて反則だよ。顔を見ていられなくて、レティセラはもじっと俯いた。
顔が熱くなっている。きっと、もう顔も真っ赤になっているんだろう。
「……そんなに慌てなくても、大丈夫だから」
そう言って離される体が淋しく感じるのは、この場所が安心できるともう知ってるからなんだろう。
今日は抱きしめてくれないのかな、と目だけを向けると、ペシっと顔を紙で叩かれた。
「……そういう顔をしないでくれ」
「もうっ、紙とはいえ、女性の顔を叩いちゃだめですよ」
怒ってはいない。だって、顔を横に向けて照れてるんだもの。こういう所が可愛い、って思ってしまう。
「悪い。あまりに……」
「あまりに?」
「いや、なんでもない」
「気になるじゃないですか。あっ! やっぱりあまりに似合わなかったですか!?」
「そんな事はない!! ……その。とても、似合ってる」
「…………」
「まて、なぜ黙る!?」
逆にそんな褒めてくれると、ビックリしますから! ぅぅぅ……気持ちが擽ったいよ。
「あ──も──! とりあえず招待状を出せ!!」
「いきなり何なんですか」
そんな気持ちなのは、彼も同じだったらしい。ふふっと笑いながら私はそれを取り出した。
「これにはちょっとした仕掛けがあって。ほら、これとお前の持っているやつを繋ぎ合わせてみろ」
赤いカードが2枚。ふたつをつなぎ合わせると、ひとつの鳥の絵になった。
これは
「……フェニックス」
ウォード家の家紋に使われている赤い鳥だ。
「それだけじゃないぞ、ほら」
その一つのカードが光り輝き、形が変わっていった。それは、もによもにょと動いた後、描かれていた不死鳥の姿になって飛びあがった。
「わあっ! すごい!」
空を見あげて、ぱあっと笑顔がはじける。
「そうだろう」
彼は腰に手をあてて、得意げだ。
「あの、どうして、招待してくださったんですか?」
「そ、それは、アレだ。この所、色々あって落ち込んでるって聞いたから、元気が出ればと思って」
そうか、そういう事だったんだ。
時には意地悪なことも言うけど、こういう優しさには、惹かれてしまう。もしかしたら、もう、好きだったりするのかな。
だけど。
「ほら、何してる。行くぞ」
レティセラは、差し出されたレンヴラントの手を眺めた。
それは考えないことにしよう。思うのは、この手は、その存在は、私にとって大事なものであるということだという事だけ。
「行かないのか? 早くしないと置いてくぞ」
「行きますっ! 早く行きましょう」
慌てて彼の手を握り、忙しなくヒールの音を立てる。転びそうになって、また支えてもらいながら。
「お前、気をつけろよ。怖くて目が離せないだろ」
「今日は頼りにさせてくださいね」
初めてだもん。
「任せろ」
もし、この人だったら……
やめた。私はここで働かせてもらって、こんな、憧れていた舞踏会にも出させてもらって。それだけでもう十分すぎる。
今は御令嬢になりきって、この時間を楽しもう。
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