第22話 つけられた仮面

 これは、なんだろう。真っ赤な、鳥?

 次の日になって昼ごはんを食べたあと、ごろっとベッドに寝転び、カードを天井に掲げて眺めていた。

 その端を指でつつぅっと撫でて、昨日ことを思い出す。

 そいうえば。

 優しかったな、レンヴラント様。


 ひぁぁぁっ!


 改めて思い出してみると、ホントに恥ずかしくて、私はベッドの上で体をバタつかせた。顔は昨日からずっと火照ったまま熱くて仕方ない。


「何を暴れてるの?」

「ロザリーさん!」


 いつ入ってきたんだろう。いつの間にかベッド脇に立ち、もだえている私を笑って見下ろしていた。


 恥ずかしい!


「い、いえ、ちょっと。それよりどうしたのです?」


 レティセラが首をかしいだ。

 彼女は今、凄い忙しいから、来るのは食事を持ってくる時くらい。それまで、まだ時間があった。


「何って、あなたの準備をお願いされてるのよ」

「準備って、なにの準備ですか?」

「あら、そのカードを持っていて分からな人は、黙ってついてきなさい」


 普段ならこんな事を言われたら、落ち込みそうだけど、ふふっ、とロザリーさんが笑うから、それが冗談なんだと思った。


 なんの説明もされないまま連れてかれたところで、ぎょっとする。だって、使用人が使うべきではない客室なんだもの。


「あの、」

「なに? 時間がないから急ぐわよ」

「…………」


 なされるがまま、そこで体を洗われると、あっという間にドレスを着せられたあと、髪を結われていく。


 私は家の事情があって、夜会に出る機会に見舞われなかったから。何が何だか分からなくても、目の前にいる、鏡の中の自分が知らない人みたいに飾られていくことに、心を躍らせないわけがない。


「ほら、できたわよ」


 ロザリーさんが満足げな表情をしている。


 落ち着いたブルーと白い布地で作られているドレスに、髪は顔の横でまとめ、たくさんの小さな真珠が散りばめられている。


「わぁ! 素敵!」


 出来上がった私は、どこかのちゃんとした貴族令嬢みたいになっていて、バカみたいに自分に見惚れてしまう。


「そろそろいい時間ね、行くわよ」

「え? どこに?」


 こんな格好をさせてもらっただけでも、きっと一生記憶に残るだろう。まだ、何かあるかと思うと、それだけでワクワクする。


 一体これはなんなんだろう。何かのドッキリ?


 それでも、彼女の表情には、悪いことは起きない、と書いてあって、怖いと思うことはない。


 廊下を歩いて行くロザリーさんのエプロンのリボンが優しく揺れている。


「もうっ、いい加減に気付きなさいよ。意外と鈍感なのね」

「えぇ……すみません」


 全然分からないんですけど。

 たぶんどこかに向かっているんだろう。窓の外は暗くて、今日にはまん丸くなっている月が、自分の目のよう形をしている。


「……もしかして」


 持ってくるように言われた赤いカードを取り出した。


「これって招待状ですか!?」

「ようやく気づいたわね」


 ロザリーさんが立ち止まり、振り返った。


「でもこれ、何も書いてないですよ」

「その招待状は魔術で書かれていて、時間になると文字が浮かび上がるのよ」

「わあっ!」


 そう言われて眺めていると、端からスーッと待ち合わせ場所を書いた文字が浮かびあがった。

 招待されるのはとても光栄なんですが。


「あの。お相手はどなたなのでしょう?」

「そうねえ」


 唇に指をあてて、ロザリーが天井を見あげる。


「誰だったらいいか、思い浮かべた人じゃないかしら?」


 それって、もしかしてロランさん? いやいや、そんな事ないか。だって今顔が浮かぶのは1人しかいないもの。そうだったらいいと思うけど、私にはだいぶ恐れ多い相手だよ?


「そんな気負わないで。自信をもって」

 

 にっこり笑ったロザリーさんが差し出したのは、仮面。それを私につけると、背中を摩った後、押してくれた。


「さぁ、ここからは1人で行きなさい。楽しんでくるのよ!」


 いまどんな顔をしているのだろうか。私を見るロザリーさんもそうだから、きっと、今の心と一緒で、とても嬉しい表情なんだろう。


 長いドレスに足を引っかけないように、少し裾をあげる。なんだかふわふわして雲の上を歩いてるみたい。


 廊下の先を眺め足を進める。この先には、私が感じたことのないものが待ってる気がした。

 だから、少し怖いけど行ってみようと思う。

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