第21話 赤いカード

──────────


 ………………


「…………いっ!」


 布団の外で声が聞こえる。だけど、体を縮こませて、聞こえないフリをしていた。


「おいっ!!」


 声の主が、私が掴んで離さない布団を引っがす。


「きゃあぁぁぁ!! きゃあぁぁぁ!!」

「おい、落ち着け俺だ!」


 叫びながら暴れる私の腕をつかみ、グイッと引っ張る。押し込められたところは、硬くも、痛くもなくて、ただ、温かかった。それでやっと、誰であるか気づく。


「レンヴラント様……」


 アルバートもいる。


「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」


 彼の胸のなかで、母に抱きしめてもらった時のことを思い出していた。今となったは遠い、きらきらした、幻のような記憶。

 私にも、かつては親から愛情を注いでもらっていたことがあり、この感覚は、それとよく似ていた。


 男性であるこの人に、そんなことを抱くなんて、少し失礼かな、と目を閉じる。だけど、懐かしくて、欲しくて焦がれていたんだと思うと、急に涙が止まらなくなって、彼の服を思いっきり握りしめた。


「ぐすっ……レンヴラント様……私、こわ、かっ……ぅぅわぁぁぁぁ」

「もう大丈夫だぞ。よく頑張ったな」


 そう言って、子供みたい泣きじゃくる私の背中を優しく撫でてくれる。小さな頃の片隅に残っている私も泣いてすがっていた。


 弟ができて、母の具合が悪くなってから、ずっとなくしていたと思ってた。甘える、という気持ち。


「もう、全部吐き出してしまえ」


 だから、なんとなく、その言葉が”お前のことを知っている”と言ってる気がして。呆れることも、笑い飛ばすこともなく、強く抱きしめてくれることが、何年も森の中で迷って、そして、見つけてもらったような、そんな安堵を私に与えてくれる。


 人の体温って、なんて心地いいんだろう。




「コホンっ。お二人とも、そろそろ兵士が来るのでよろしいですか?」

「うわっ!」


 ひとしきり泣いたあと、ぼんやりそんな事を思っていると、アルバート様が咳払いをしたもんだから、私たちは慌てて体を離した。


 私ってば人前でなんてことを! 穴に潜り込みたいっ。

 レティセラはベッドの上で項垂うなだれた。


「あっ、あの、さっきのは一体なんだったのですか?」

「アイツだ」


 紛らわすように聞くと、少し顔を赤くしているレンヴラント様が親指を差した。そこには、どうしたわけか、リムエルト様がひっくり返っており、ちょうど兵士が運び出すところのようだ。


「何故かここにあなたがいる事を嗅ぎつけたようです」

「えぇ!」


 それって、本当に危なかったんじゃ。


「だけど、もう牢送りにするので安心してくださいね」


 あの、そんな事を笑顔で言わないでください。私は思わず苦笑いを浮かべた。


「アルバートが食事を運ぶついでに、様子を見に来てみれば、悲鳴が聞こえるから何事かと思った」

「すごく怖かった……ので、助かりました。ありがとうございます」


 頭を下げると、安心したからか、ぐぅっとお腹が鳴る。もちろん私のである。


「ぶっ! お前、あんな事があったのに、腹が立ってへってるのか」

「笑わないでください!」


 恥ずかしい。恥ずかしいこと続きで、もう開き直ってやるぅ。

 レティセラは、プイッとそっぽを向いた。

 

「ちょうどよかったです。失礼なレンヴラント様は放っておいて、冷めないうちに食べてください」

「おい、」


 アルバート様がテーブルに食事をおいた。蓋を開けると、部屋にスープのいい匂いがたち込めて、お腹がまた鳴った。

 レンヴラント様は大笑いだ。もう、デリカシーがないんだから。


 レティセラは真っ赤な顔で、ぷくっと頬を膨らせた。


「これを食べて、今日は早めにお休みになってくださいね」


 彼は、ふふっ、と口に手をあてる。


「はい」

「ノックがしても、簡単に開けたりするなよ」

「しませんよ!!」

「わたくしたちは、まだ、夜会の途中なので、そろそろ行きますね」


 レティセラはうなずいた。部屋を出ていく2人を眺めていると、そうそう、と言って、アルバート様が振り返る。


「それ、よく調べてから食べてくださいね」


 そう、言い残して。

 彼らがいなくなってから、言われた通りに食器をどかしてみると、お皿の下には、赤いカードが下敷きになっていた。

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