第19話 友人の聞いた話

「やっほー。レンヴラント、元気してた?」


 陽気にお出ましになった、麗しい人物をみて、レンヴラントはくつろいだまま片手をあげた。


「珍しいな、お前が夜会に来るなんて」


 こいつの名前は、エリュシオン。たぶん友人というものだろう。俺とは同級生ということもあり、たまにこうして訪ねてくる。


 色素の薄い、滑らかな金髪を今日は珍しくおろし、趣味の良い夜会用の服を身につけている。

 整った顔には二つの紫水晶アメジストが煌めき、ひとたびそれを細めれば、甘いマスクで、いつも淑女たちを喜ばせている罪なやつだ。


 ただ、話し方や見た目は軽そうだが、遊び人、というわけでもなく、根は意外と真面目なやつだったりする。


「だって、君が専属にしているメイドにそそのかされてるっていう面白いことを耳にしたから、これは行くしかないと思ってさ」


 レンヴラントは飲んでいたお茶を吐き出した。


「うわぁ、汚いなぁ」

「ゴホッ、お前それ、どこで聞いた?」

「え? 城の食堂だけど」


 はぁっとため息を吐き、レンヴラントは頭を抱える。


「なになに、どうしたの?」

「多少の覚悟はしていましたが、もうそんな所まで広がっているのですか……いささか驚きました」


 アルバートは、エリュシオンに昨日の出来事をかいつまんで話した。


「────なるほど。確かに、異常なほど広まるのが早いね。それに、だいぶ話も違うし。もしかしたら、意図的に悪意をもって誰が広めていたりして」


 ニヒヒと、彼が悪戯っぽく笑い、ん?、と窓の外に目を向けた。


「ただ、ちょっと絡まれてたのを助けただけだぞ? 勘弁してくれよ」

「だって、今までそんな事絶対しなかったのに」

「体が勝手に動いたんだ」

「それって、よく考えると恥ずかしい言葉だよね」

「うるさい!!」


 レンヴラントが赤くなった顔を覆う。


「お前だって、えらく、もこっとした髪の孤児を養子にするって噂がたってるじゃないか!」

「それ、別に噂じゃないし」


 エリュシオンが頭の後ろで手を組む。


「そう言えば『女神の使い』と言われる少女だそうですね。兄がお会いしたと言っていました」


「俺からしてみたら、そっちの方がずっと興味深いと思うんだが、」


「そんなわけないじゃーん。みんなは恋バナが好きなんだから。それより、レンヴラントが想いを寄せてる、そのレティセラ嬢なんだけどさ」


「その言い方やめろ、恥ずかしい」

「まぁまぁ」


 アルバートは、お茶を入れると、エリュシオンに手渡した。


「ありがと。でね、最近、何年かぶりにノートン家の当主が、夫人と子供を連れて、夜会に現れたって話も小耳に挟んだんだよね」


「なに!?」


 レンヴラントは、眉をひそめ睨みつけるように顔をあげた。


「僕に怒らないでよ。怖いなぁ」

「お金がなくて娘を働かせているのにか?」


 夜会に出るには、ドレスや装飾品など、それ相応の資金というものが必要である。


「これはロザリーから聞いた話ですが。レティセラさんは、月々の稼ぎを、ほとんど家に送っているみたいですよ」


 レンヴラントがため息をつく。行き場のない怒りが指先に集中して微かに震えはじめた。


「それでも、それだけじゃ、夜会に行ける金にはならないはずだろう」


「確かにそうだね。でも、ある人から聞いた話だと、使用人にチップを渡したりして、だいぶ羽振りがいいみたい」

 

「なんだって……?」


「それは、おかしいですね。わたくしの調べでも、ノート家にお金がない、というのは事実で、家の建て直しのため、レティセラさんを国外へ嫁に出す、なんていう話もあったようです」


「国外に嫁がせるだと!?」


 レンヴラントは勢いよく立ちあがった。


「落ち着きなよ、レンヴラント」

「その事については、まだ信憑性に欠けるものなので言いませんでしたが」

「……はぁ、引き続き調べてくれ」

「畏まりました」


 あげた腰を再びおろし、レンヴラントは頭を抱えた。


「ねぇ、もしかしてその子、アレとかじゃないよね?」


 窓枠に腰掛け、外を眺めていたエリュシオンが指を差す。


「あぁ、あいつはこの時間だと、他のところにいる事になってる」


 めんどくさそうに窓辺まできたレンヴラントが、ガシッと窓枠を掴む。


「っ!!!!!」


 なぜだ!!?


 ここからは池が見える。そして、その水辺に立っているのは、間違いない。レティセラだった。よく見ると、その手前にはいつだか気があると勘違いされ、こっ酷くフった女が立っている。


「なぜっ!」


 何をさせている!!

 よからぬ事が起きるのが、雰囲気だけで分かる。


「エリュシオン! 足場を出せ!」

「えぇ、もしかしてあそこまで跳ぶつもり?」


 エリュシオンは肩を竦めた。

 

 不安は一気に打ち寄せて、何かにぶつかった弾け散る。いつだったか、泳げない、と言っていた。

 もし、落とされでもしたら……


「シャレにならん。早く!」

「もー仕方ないなぁ。シュターク」


 ふぉんっ!

 と、現れた魔法陣に足をかけ、蹴った。さすがに大魔術師と言われているだけある。簡単に、だけど正確に作られたそれは、ヒュッ、と風を斬り、体を目的の場所に跳躍させる。


 彼女が池に落ちて行く。その水飛沫みずしぶきを顔に受けながら、レンヴラントは更に前へ飛び込んだ。


 何も考えずに体が動く、と言う現象は、自分の体じゃないみたいだった。


 それは、水が冷たいとか、息が吸えないとか、自分に起こる苦痛が前もってわかっていても、洗脳されてしまったかのようにあらがえないもので。


 損とか、利益とか、見返りなど、そいうものは一切ないという事を前提に、ただ、自分の欲求を満たすための行動と言ってもいいだろう。


 いつから、こんなに大きな想いになってしまったのか、それは分からない。だが、支配されているようでもあるこの感覚が、嫌ではないのが不思議である。


 レンヴラントは水中でレティセラの腕を掴み、引き寄せ、微かに微笑んだ。


 今は、後になりこうしておけばよかった、なんて思う暇もなく。

 助けなくては、いや……失いたくない。

 彼にはその事だけしか頭になかった。

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